対の二点が、四センチ違う——ジャン=オノレ・フラゴナール

もう一点の肖像
いま見た一点も肖像である。
寸法は、縦80.3センチ、横64.7センチ。
先の楕円の一点と、ほとんど同じ大きさである。
差は数ミリにとどまる。
十八世紀のフランスでは、肖像の寸法にいくつかの規格があった。
二点が近いのは、その規格によるのだろう。
扮装という題
この一点の題には、扮装という語が入る。
つまり、描かれた人物は、普段の服を着ていない。
古い時代の衣装か、外国の衣装をまとっている。
こうした肖像は、実在の人物を描いたとは限らない。
顔だけを見れば、老いた男である。
帽子と衣
この一点の人物は、黒い帽子をかぶり、褐色の厚い衣をまとう。
襟は大きく開き、胸元に別の布が見える。
右手は下のほうに置かれ、指が握られている。
背景は、灰緑色の暈しである。
十六世紀や十七世紀の肖像を思わせる作りである。
速い筆
この一点は、他の八点と描き方が違う。
筆の跡がそのまま残っている。
衣の襞は、太い筆を一度動かしただけで作られる。
顔も、細部を追わずに大きな面で置かれている。
短い時間で仕上げる描き方である。
同じ画家の速い仕事については、別のところで扱った。

最も古い一点
いま見た一点は、九点で最も古い。
1753年から1756年ごろ。
この画家が二十代前半のころにあたる。
主題は、古い物語である。
月の女神が、眠る若者のもとへ降りてくる場面である。
物語という題
題は、二人の名を並べただけである。
古い物語を知っていれば、場面が分かる。
知らなければ、雲の上の人物と、地上の人物がいるだけに見える。
十八世紀の買い手は、その物語を知っていた。
いまは、そうとは限らない。
題が働く範囲は、時代とともに変わる。
裸体の扱い
この一点には、裸体の人物が二人描かれている。
十八世紀の物語画では、珍しいことではない。
神話の場面は、裸体を描く口実として使われた。
そのことを踏まえたうえで、画面を見る必要がある。
題が物語の名であるのは、そのためでもある。
横に長い画面
この一点は、縦94.9センチ、横136.8センチ。
横が縦の一・四倍ある。
雲の上と地面の上、二つの場所を横に並べて描くには、この形が要る。
九点の中で、最も横長の割合である。

額の寸法がない
いま見た一点の記録には、額の寸法がない。
ニューヨークの二点は、どちらも作品の寸法だけである。
ワシントンの六点は、いずれも額の寸法を併記する。
シカゴの一点も、額の寸法を書く。
つまり、額を測るかどうかは、館ごとに決まっている。
題の地名
この一点の題には、都市の名が入る。
若いころ、この画家はその都市に滞在している。
滞在中に見たものを描いたのだろう。
暗い室内と、光
この一点も、暗い室内である。
奥に明るい戸口があり、そこから光が入る。
手前には、寝台と人々がいる。
細部は闇に沈み、輪郭だけが見える。
十七世紀の絵の作り方に近い。
若いころに、そうした絵を学んだのだろう。

紙に油彩
いま見た一点だけ、下地が紙である。
九点の中で、唯一の例外である。
紙に油彩を描くのは、屋外で描くときによく使われた方法である。
軽く、持ち運びやすい。
寸法も、縦21.5センチ、横32.8センチと小さい。
対の二点の、二十分の一に満たない面積である。
下地の紙
紙に油彩を描くときは、まず紙に膠などを塗る。
そうしないと、油が紙に染み込んでしまう。
塗った後の紙は、硬く、板のようになる。
そのまま持ち歩ける。
後からカンヴァスや板に貼ることもある。
この一点がどうなっているかは、記録に書かれていない。
空が主になる
この一点では、画面の三分の二が空である。
日が沈んだ後の雲が、横に長く伸びる。
下には低い山と木立があり、暗く沈む。
人物は描かれていない。
九点の中で、人がいないのはこの一点だけである。
屋外で描く
十八世紀の半ばには、屋外で油彩を描く画家が現れる。
小さな紙に、その場の空と光を写す。
工房で仕上げる大きな絵とは、目的が違う。
売るためではなく、手元に置くための紙である。
九点の中で、この一点だけが違う性格を持つ。
九点をまとめる
最後に、記録の書式をまとめておく。
年の書き方が、館ごとに三通り。
寸法に額を含めるかどうかが、館ごとに分かれる。
楕円という形の書き方が、二通り。
掛け算の記号が、二通り。
対の二点でさえ、書かれている数字の数が違う。
対の二点に、戻る
そして、最初の二点に戻る。
縦はほぼ同じで、横が4センチ違う。
対として作られたはずの二点が、記録の上ではそろわない。
壁の都合か、後の手入れか、測り方か。
理由は分からない。
分かるのは、記録に書かれた数字だけである。
同じ画家の速い筆については、速さという趣味——フラゴナールの装飾画で扱った。







