ガラスは、透けないことが多い——タルボット・ボスハールト・ボスほか九点
古いガラスは青い石の代用で、鏡は裏に金属を貼って透けなくしたもの。ガラスの九点を数えると、向こうを見せていたのは半分に満たなかった。絵や写真は透明そのものではなく、縁の光と輪郭の重なりという、透明であるしるしのほうを描いている。

三千年前のガラスが、青いまま残っている
小さな耳飾りである。
2.6×2.7×0.6センチしかない。
形は、切れ目のある輪である。
輪の断面は丸く、太い。
太さは、鉛筆ほどである。
輪の大部分は、濃い青である。
その青の上に、白と黒の縞が巻く。
縞は斜めに走り、等間隔である。
縞の幅は、一ミリほどしかない。
輪の上には、短い突起がある。
突起は明るい水色である。
耳に通す部分らしい。
輪の両端は、切り離されている。
切り口は平らである。
面には、光沢がある。
しかし透けていない。
内側まで色が詰まっている。
断面の切り口を見ても、色は変わらない。
表面だけを塗ったものではない。

館の記録では、材料はガラスの一語である。
館の札には「装身具」「ガラス」「古代美術」がある。
つまりこれは、透明ではないガラスである。
ガラスは、はじめから透明だったわけではない。
古い時代のガラスは、石の代わりだった。
青いガラスは、青い石に似せて作られた。
九点のうち、ガラスが石の代用なのは、この一点である。
青い石は、遠くからしか手に入らない。
ガラスなら、砂と灰から作れる。
色を作る技術のほうが、石を運ぶより易しい。
ガラスは、透かすか、映すか
この一つを出発点に、ガラスにまつわる九点を数えていく。
ガラスには、三つの使い方がある。
一つは、色のある塊として使うこと。
一つは、透かして向こうを見せること。
もう一つは、裏に金属を貼って、映すことである。
先に言ってしまうと、九点のうち、ガラスの器そのものは二点である。
一点では、ガラスは窓である。
三点では、ガラスの器が絵や写真に写っている。
そして二点では、ガラスは鏡を指す言葉である。
さらに一点では、絵の支持体が金属である。
つまりガラスの絵が、ガラスでない板に描かれている。
数え方によっては、そこが最も奇妙な一点になる。
型に吹き込んで、形を作る
二点目は、小さな瓶である。

背の低い瓶である。
7.2×4×4センチしかない。
胴は丸く、上へ細くなる。
首はまっすぐ立ち、口が広がる。
色は、白に近い乳白色である。
透けてはいない。
胴の面には、浮き彫りがある。
丸い区画が、いくつも並ぶ。
区画の中に、人の顔らしい形がある。
顔は小さく、輪郭がぼやける。
区画と区画のあいだには、細い柱がある。
下のほうには、玉の列が回る。
底は平らで、装飾がない。
口の縁は、外へ折り返されている。
折り返しの厚みが、輪として見える。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
材料は、型吹きガラスである。
熔けたガラスを、型の中で吹く。
型の内側の形が、そのまま器に移る。
だから同じ瓶を、何個でも作れる。
輪郭がぼやけているのは、型が擦り減ったためかもしれない。
九点のうち、ガラスが量産されているのは、この一点である。
吹きガラスは、一つずつ形が違う。
型に吹けば、形がそろう。
同じ器を数多く作るための工夫である。
色ガラスを、鉛でつなぐ
三点目では、ガラスは窓になる。

丸い板である。
直径は45.1センチある。
中央に、大きな盾がある。
盾は、青と白の斜めの帯で分かれる。
その上に、双頭の鷲がいる。
鷲は黒く、翼を広げる。
盾の左右に、獅子が一頭ずつ立つ。
獅子は金色で、前脚を上げる。
その上に、金の冠がある。
外側には、赤い輪がある。
赤い輪のさらに外に、小さな盾が並ぶ。
盾は三十を超える。
それぞれ色と形が違う。
花や獅子や、一角獣も見える。
いちばん外の輪には、文字が並ぶ。
文字は帯の中に収まり、区切られている。
盾の名を記したものらしい。
館の記録では、中央の大きな盾は帝国の徽章である双頭の鷲を含む。
そのまわりを、この都市の区の盾が三十囲んでいる。
そして館は、慣習について書いている。
十五世紀の終わりごろのことである。
近隣の町や州のあいだで、色ガラスの板を交換する習わしがあった。
政治的な結びつきを深めるためだったという。
館の記録は、そう説明している。
つまりこの円板は、贈り物である。
窓に嵌めて、光を通して見る。
材料の欄には、白いガラス、銀の染め、色ガラスとある。
銀の染めは、焼くと黄色になる。
金色に見える部分が、それである。
銀の染めは、ガラスの表面に染み込む。
色ガラスのように、全体が色づくのではない。
つまり一枚の板の中に、二種類の色の作り方が同居している。
獅子の金色と、盾の青は、由来が違う。
ガラスの器を、写真に並べる
四点目では、ガラスが写される。

横長の写真である。
画面は13.2×15.1センチしかない。
背景は暗い褐色である。
その前に、三段の棚がある。
棚は細い横線として見える。
各段に、ガラスの器が並ぶ。
上の段には、蓋付きの容器と、水差しがある。
そのあいだに、脚付きの杯が立つ。
中の段には、杯が並ぶ。
中央に、平たい鉢がある。
下の段には、大きな瓶がある。
瓶には、細かい切子の文様がある。
そのまわりに、小さな杯が散る。
器は、どれも白い輪郭として写る。
中は暗く、背景と同じ色である。
つまり縁だけが光っている。
面は、背景を透かして暗い。
ガラスが写るのは、縁と、切子の面だけである。
館の記録では、この人は言語、数学、植物学、光学と幅広い関心を持つ学者だった。
千八百三十九年に、陽画と陰画による最初の写真の方法を発明した。
紙の陰画によって、一枚の陰画から無限に焼き付けることができるようになった。
そして館は、この一枚について書いている。
三列に並ぶきらめくガラスの器が、暗い背景から切り離されている。
新しい技術が光の微妙な差をとらえ、現実を記録できることを示している。
この像は、実際の写真を綴じた最初期の本の一冊に収められたという。
館の記録は、そう説明している。
つまりガラスは、写真の題材として選ばれている。
透明なものを写せることが、証明になる。
写しにくいものほど、方法の力を示す。
館の記録も、それを技術と美の両方の達成と書いている。
並べ方は左右対称で、中央に重いものが置かれている。