光輪に打ち込まれた祈り——サーノ・ディ・ピエトロほか九点

縦長の板である。
中央に、女性が座る。
深紅の衣に、金の模様が散る。
その上に、濃い緑の布を掛ける。
膝の上に、裸の幼児を立たせる。
幼児は右手を上げる。
左に、白い髭の老人が本を持つ。
右に、若い女性が並ぶ。
上の左右に、天使の顔が覗く。
地は金で、光輪が幾重にも重なる。
聖母の輪に、文字が並ぶ。
略し方に、癖が出る
四点の句は、どれも途中で略される。
輪が短いから、全部は入らない。
どこで切るかは、絵によって違う。
最後の二語をまとめて略すもの。
一語だけ残して略すもの。
頭文字だけを残すもの。
館は、略された部分を角括弧で補う。
補いは、前後から判断したものだ。
判断だから、絵ごとに変わる。
括弧の位置が、略し方の違いを示している。
いちばん古い一点
四点のうち、いちばん古いのは十四世紀の板である。
こちらは、句の書き方がやや長い。
呼びかけの語が加わる。
つまり、めでたし、マリアよ、という形だ。
四点の中で、この一点だけが名を呼ぶ。
省略の仕方も違う。
館は、省略された部分を角括弧で補う。
補いは、前後から判断したものである。

縦長の板である。
中央に、女性が玉座に座る。
濃い青緑の衣が、体を包む。
襞が、細い線で刻まれる。
膝の上に、赤い衣の幼児が座る。
幼児は右手を上げる。
女性の左右に、小さな天使が並ぶ。
天使は白と赤の衣を着る。
地は金で、傷みが見える。
玉座は赤く、背が低い。
聖母の輪に、文字が回る。
名札としての文字
光輪に名を書くのは、宗教画に特有ではない。
肖像画でも、人物の脇に名を置くことがある。
前の回で、頭の上に称号を書いた例を見た。
やっていることは同じである。
姿だけでは分からないから、名を添える。
ただし、光輪に書くと意味が加わる。
その人が聖人であることも、同時に示せる。
輪があること自体が、聖人の印だからだ。
一つの場所が、二つの情報を運ぶ。
名を書き入れる、という使い方
九点のうち一点は、祈りではなく名が書かれる。
三人の聖人の輪に、それぞれの名が入る。
左から順に、洗礼者の名、聖母の母の名、聖母の名。
つまり、誰が誰かを示すための文字である。
この絵には、女性が三人と幼児が描かれる。
姿だけでは、見分けがつきにくい。
だから、輪に名を書く。
光輪が、名札の役目をしている。

縦長の板である。
中央に、頭巾をかぶった年配の女性が座る。
白い布を、頭から肩へ垂らす。
その膝の前に、赤い衣の女性が座る。
膝に、裸の幼児を横たえる。
右に、緑の衣の若い女性が立つ。
左に、褐色の衣の男性がひざまずく。
その足もとに、白い羊が伏せる。
背後に、金色の柱と柱頭が立つ。
左奥に、明るい風景が開く。
三人の頭の後ろに、細い輪がある。
読めない光輪
九点のうち一点は、光輪の文字が読めない。
三つの輪に、それぞれ文字がある。
一つは、途中まで読める。
一つは、まったく読めない。
一つは、途切れ途切れに読める。
館は、読めた部分を写し、あとは印で示す。
さらに、たぶんこう読める、という留保を付ける。
読める部分から推し量った形だ。
読めないことを、細かく書き分けている。

縦長の小さな板である。
中央に、十字架が立つ。
その上に、人物が架けられる。
腰に、白い布を巻く。
左右の空に、小さな天使が浮かぶ。
天使は青い衣を着る。
十字架の左に、青い衣の女性が立つ。
右に、赤い衣の若者が立つ。
足もとに、二人の人物がひざまずく。
地は金で、上部に細かい模様がある。
各人の頭の後ろに、輪がある。
金属を嵌め込む、という作り
この一点は、絵であって絵でない。
板の中央に、金属の十字が嵌め込まれている。
真鍮に、人物と文字を浮き彫りにしたものだ。
つまり、彫金と絵が一つになっている。
こういう作りは、東方の教会の板絵に見られる。
金属は光を返す。
蝋燭の下で、そこだけが強く光る。
文字も、金属の面に彫られる。
打ち込む金地の文字と、考え方は近い。
別の文字体系で、書かれる
九点のうち一点は、文字が違う。
ラテン文字ではない。
東方の教会で使われる文字である。
館は、その文字であることを書く。
そして、光輪に聖人の名が記されている、と書く。
内容までは写さない。
写さないのは、別の言語だからだろう。
館の記録は、扱える範囲を正直に示している。
書けないことは、書けないと分かる形にする。

縦長の小さな板である。
中央に、銀色の金属の十字が嵌め込まれる。
十字は、横木が三本ある。
その表面に、人物と文字が浮き彫りにされる。
板の左右に、人物が並ぶ。
いずれも金色の衣を着る。
頭の後ろに、金の輪がある。
上の左右に、丸い形が描かれる。
地は黄褐色で、平らである。
下のほうに、小さな札が付く。
金属と絵具が、一つの面に同居する。