手は、切り離しても手である——カリアーリ・ドニ・サヴェージほか九点
体から切り離された四つの手、題だけが手と言う石版、手の形に合わせて取っ手を持たない急須。手の九点を数えると、画面に手が写るのは六点で、残る三点では手は器物の名や技法の欄にいた。手は省ける部分ではなく、単独で立てられる部分である。

手だけが、紙に残っている
青みがかった紙である。
27.5×17.8センチの一枚。
そこに手が四つ、描かれている。
体はどこにもない。
腕の途中で、線が消えている。
上の二つは、指をひらいている。
親指と人差し指のあいだが広い。
中指と薬指は、やや寄っている。
下の二つは、何かを握る形である。
握っているものは描かれていない。
木炭の線が重ねられている。
濃いところと薄いところがある。
白いチョークが、指の山に置かれる。
そこだけが浮き上がって見える。
関節の皺は、短い線で示される。
爪は、輪郭だけである。
指先は、紙の色のまま残る。
四つの手は、大きさが違う。
向きも、ばらばらである。
上の二つは、画面の外から入ってくる。
下の二つは、下の縁から立ち上がる。
紙の余白は、広く残されている。
同じ人の手かどうかは、わからない。
紙の下のほうに、茶色の字がある。
館はそれを、パオロの息子カルロと読む。

館の説明は、この紙の用途を書いている。
ヴェネツィアの工房では、多くの注文を同時に進めた。
弟子たちの描く手が、ばらばらでは困る。
そこで、手本を作った。
この紙は、その手本である。
つまりこの四つの手は、誰の手でもない。
工房で使うための、共通の手である。
体から切り離されているのは、そのためだろう。
体がつくと、その人の手になってしまう。
はじめに見ておきたいのは、この切り離しである。
手は、体の一部でありながら、単独で扱える。
切り離しても、まだ手として読める。
腕も足も、そうはいかない。
途中で切れた腕は、腕の絵にはならない。
顔は、そうはいかない。
顔を切り離せば、それは肖像になる。
手を切り離しても、肖像にはならない。
題は手と言い、画面は手を見せない
石版の色刷りである。
画面は38.4×28.7センチ。
全体が、淡い緑と桃色でできている。
輪郭は、ほとんど引かれていない。
色の面が、にじんで重なる。
左下に、人の横顔らしいものがある。
目は閉じているように見える。
その上に、白い形が広がる。
衣なのか、雲なのか、決めがたい。
右上には、葉の形が並ぶ。
木の枝かもしれない。
画面の下の縁に、細い字がある。
館はそれを、題と同じ文だと記す。
《そしてそれは彼女の手の愛撫》である。

題は、手の動きを言っている。
しかし画面で、手はほとんど見えない。
淡い色の重なりの中に、白い形が二つある。
それが手かもしれない、という程度である。
館の説明によれば、この連作は画家の妻を描いた。
画家はナビ派に属していた。
一八八九年に集まった画家たちの一群である。
主観と感情から、新しい様式を作ろうとした。
題は、画家自身の日記から採られている。
つまり題の文は、絵の説明ではない。
日記の一行が、絵の横に置かれている。
館は、この曖昧さは意図されたものだと書く。
見る側に、題と画面をつなげさせるためである。
ここで起きているのは、前の一枚の逆である。
カリアーリの紙では、手だけが残った。
ドニの一枚では、手だけが消えている。
残るのは、手が触れたあとの感じだけである。
王の手が、実を摘む
小さな絵である。
絵の部分は7.7×10.1センチしかない。
名刺よりも小さい。
紙の上半分は、文字で埋まっている。
細かな字が、十行ほど並ぶ。
絵は下半分にある。
左に、一本の木が立つ。
葉は丸く、密に描かれる。
実は赤く、小さな点である。
木の下に、人が五人いる。
右端の一人は、上を向いている。
腕を高く上げ、枝に手を伸ばす。
その手が、実をつかんでいる。
隣の人は、両手で器を持つ。
器の中にも、赤い実がある。
さらに右に、女が立つ。
口元へ、手を運んでいる。
その手にも、実がある。
籠を提げた人が、後ろにいる。
いちばん右には、鳥籠らしいものが見える。

館の説明は、話の筋を書いている。
鸚鵡が、自分の命を守るために証を立てる。
生命の樹の実は毒ではない、と示す。
老人が実を食べ、若さを取り戻す。
それで鸚鵡の言い分が通る。
題には「自らの手で」とある。
王が人に摘ませず、自分で摘んだ。
その一点が、話の要になっている。
だから手は、ここでは証拠である。
誰の手が実に触れたかが、問われている。
絵は、それを律儀に描いている。
腕が伸び、指が枝にかかる。
ただし、指の一本一本は見えない。
絵が小さすぎるのである。
手は、輪郭だけの小さな塊になっている。
意味の重さと、画面での大きさは、比例しない。
一方の手に、蠍を持つ
白い磁器の像である。
高さは23.5センチ。
二人の人物が、岩の上で組み合う。
左の一人は、黒い肌に彩色されている。
頭に、象をかぶっている。
象の鼻と牙が、頭の上で曲がる。
これがアフリカとされる人物である。
右の一人は、花の冠をつける。
衣は桃色と黄色に塗り分けられる。
こちらがアジアとされる。
二人は腕をからめている。
アフリカの右手は、下へ伸びる。
その手の中に、小さな黒いものがある。
館の記録では、蠍である。
尾が、上へ巻き上がっている。
アジアの手は、相手の肩へ回る。
岩の足元には、壺や果物が置かれる。