美術史・技法

書くは、人がいなくても残る——ベローズ・ドガ・青木木米ほか九点

跡が残れば、書いた人がいなくても伝わる。書くの九点を数えると、六点で書く人は画面におらず、残るのは書かれた文字か道具だけだった。声を失った父が名を書いて話す力を取り戻し、二百年後の人が余白に感想を書き足している。白い面をめぐる記録である。

文を書く遊女
懐月堂度辰《文を書く遊女》メトロポリタン美術館蔵

紙を膝に乗せて、筆を止めている

横長の掛幅である。

画は49.5×60センチある。

軸を含めると、134.6×73.2センチになる。

地は、淡い黄褐色である。

背景には、何も描かれていない。

画面の中央に、女が座る。

床に直に座り、脚を横へ流す。

体は右を向く。

顔はやや下を向く。

目は、手元を見ている。

髪は結い上げられ、後ろへ張り出す。

簪が数本、放射状に挿さる。

衣は幾重にも重なる。

いちばん外は、青地に大きな花の文様である。

花は白く、丸く開く。

その内は、赤と白の細かい文様である。

袖は長く、床に垂れる。

裾は右へ大きく流れる。

膝の上に、白い紙がある。

紙は細長く、こちらへ向かって垂れる。

紙の面には、何も見えない。

右手は、紙の上にある。

指のあいだに、細い筆を挟む。

筆の先は、紙に触れていない。

左手は、紙の端を押さえる。

輪郭の線は太く、一気に引かれる。

肩から裾まで、線が途切れない。

文を書く遊女
懐月堂度辰《文を書く遊女》1715年ごろ。館の記録では、掛幅、紙に墨と色。画は49.5×60センチ。番号は2015.300.119。メトロポリタン美術館蔵。懐月堂度辰《文を書く遊女》メトロポリタン美術館蔵

館の札には「女性たち」と「書くこと」の二つがある。

つまり館は、これを書く図として登録している。

しかし紙の上には、まだ何も書かれていない。

筆は上がったままである。

書く前か、書いている途中か、決められない。

書くとは、面に跡を残すことである。

跡が残れば、その人がいなくても伝わる。

だから書く場面は、いつも未来へ向いている。

書くは、九つの場所に現れる

この一幅を出発点に、書くにまつわる九点を数えていく。

書くには、道具が要る。

筆か、ペンか、鉛筆である。

そして、書かれる面が要る。

紙か、板か、石か、器の底である。

先に言ってしまうと、九点のうち、人が書いている場面は三点である。

三点では、書かれた文字だけが残っている。

三点では、書くための道具だけが写っている。

つまり九点のうち六点で、書く人は画面にいない。

声を失った人が、名を書く

二点目では、書くことが話すことの代わりになる。

洗礼者ヨハネの誕生と命名
フアン・デ・フランデス《洗礼者ヨハネの誕生と命名》1496年から99年。館の記録では、板に油彩。額なしで88.4×49.9センチ。番号は1975.3。クリーヴランド美術館蔵。フアン・デ・フランデス《洗礼者ヨハネの誕生と命名》クリーヴランド美術館蔵

縦長の板絵である。

額なしで88.4×49.9センチある。

画面は、室内である。

奥に、寝台がある。

寝台には、緑の天蓋が掛かる。

天蓋は上で束ねられる。

寝台の上に、女が横たわる。

顔は白く、目を開いている。

その手前に、二人が座る。

左の一人は、赤い衣を着る。

膝の上に、板を置く。

板は白く、四角い。

右手には、細い筆を持つ。

筆の先は、板に触れる。

顔は下を向き、手元を見る。

その右に、青い衣の女が座る。

女は、小さな体を抱く。

赤子である。

右の奥には、扉がある。

扉のところに、もう一人が立つ。

床は、四角い石で市松に敷かれる。

右下の隅には、火鉢がある。

寝台の上には、丸い鏡が掛かる。

館の記録では、この場面はある家の室内として描かれている。

出産を終えた母が休み、その従姉妹が生まれた子を父に示している。

そして館は、書くことについて書いている。

父は、天使の予告を疑ったために話す力を失っていた。

そこで、子の名を書き記す。

その瞬間に、話す力が戻るという。

館の記録は、そう説明している。

つまり書くことは、声の代わりである。

そして書き終えた瞬間に、書く必要がなくなる。

九点のうち、書くことが一度きりの行為なのは、この一点である。

二百年後の人が、余白に書き足す

三点目では、書く人が後から来る。

雑画冊(跋)
樊圻《雑画冊(跋)》1650年代初め。館の記録では、画帖の一葉、絹本着色。画は12.6×17.3センチ。番号は1975.22.11。クリーヴランド美術館蔵。樊圻《雑画冊(跋)》クリーヴランド美術館蔵

画帖の最後の一葉である。

画は12.6×17.3センチしかない。

全体は21×22センチある。

紙は、淡い黄褐色である。

左半分は、ほとんど空白である。

薄い染みが、いくつか見える。

右半分に、文字が並ぶ。

文字は縦書きで、七行ほどある。

行の長さは、そろっていない。

上から下へ、次第に短くなる。

字は行書で、続けて書かれる。

墨は濃く、筆の勢いが残る。

払いの先が、細く伸びる。

最後の行の下に、小さな文字がある。

署名らしい。

その下に、赤い印がある。

印は四角く、小さい。

紙の右上には、丸い染みがある。

館の記録では、ある日本の画家が最後の頁に跋を加えている。

そして、この画家の絵がその地方の八人の名手の中でも珍しいことを述べているという。

さらに、それらが古い時代の名手に倣い、生の律動を捉えていると書く。

そして、こう記しているという。

この画帖を開くたびに、心が喜ぶ。

館の記録は、そう伝えている。

つまり書かれたのは、絵についての言葉である。

そして書いた人は、絵を描いた人ではない。

二百年以上あとの人である。

書き足しが、作品の一部になっている。

中国の巻物の印については、巻物の印で扱った。

素描の隅に、模特児の名を書く

四点目でも、書かれたのは名である。