都市は、毎日が興行——ジョージ・ベローズ
会員制クラブの抜け道で行われたボクシング、駅の巨大な掘削現場、夜の川で泳ぐ子どもたち。「美しい絵」の外にあった20世紀初頭のニューヨークを、ベローズは汗と埃ごと描いた。42歳で急逝した画家の九点で、都市という興行を見る。

夜の川に、四十二人
一枚の絵から始めたい。

夜の川である。画面の右寄りに、朽ちかけた木の桟橋が突き出す。
その上に、裸の少年たちがひしめいている。
飛び込む者、水を掻く者、座り込んで話す者。
体を拭く者もいれば、ふざけて仲間を押す者もいる。
水は暗い緑に沈み、桟橋の影が黒く落ちる。
その闇の中で、白い小さな体だけが光る。
川の向こうは闇に溶け、街の明かりはほとんど見えない。
都市の絵なのに、描かれているのは都市の隙間である。
題名は《四十二人の子どもたち》。本当に四十二人いるのか、数えたくなる題である。
数えるうちに、目は画面の隅々まで連れて行かれる。
この題名は、絵をすみずみまで見せるための仕掛けでもある。
一人ひとりの姿勢が、みな違う。同じ形が一つもない。
跳ねる、屈む、伸びる、ぶら下がる。運動の見本帳のような画面である。
ベローズ自身、運動の得意な人だった。体がどう動くかを、体で知っていた。
その知識が、四十二人分の姿勢を描き分けさせたのだろう。
描かれているのは、ニューヨークの川辺と考えられている。
移民街の子どもたちにとって、川は夏の水浴び場だった。
プールなどない。服を脱いで、飛び込むしかない。
泳ぎを覚える場所も、夏をしのぐ場所も、路上と川だった。
ベローズは、その光景を毎日のように見ていたはずである。
発表当時、この絵は下品だと批判されたと伝えられる。
裸の浮浪児を、美術にするのかというわけである。
一方で、所蔵館の来歴記録によれば、1909年には早くも買い手がついている。
眉をひそめる人と、新しさを見抜く人。評価は最初から割れていた。
だが、よく見てほしい。ここにあるのは貧しさの告発ではない。
夏の晩の、はちきれるような楽しさである。
少年たちは笑い、押し合い、夜の水に飛び込む。
絵の前に立つ者は、批判よりも先に、その熱気に巻き込まれる。
オハイオから来た青年
ジョージ・ベローズ。1882年、オハイオ州コロンバスに生まれた。
野球選手になれるほどの運動神経だったと伝えられる。
地元の大学に進んだが、絵を選んで中退したと伝えられる。
1904年ごろ、21歳でニューヨークに出る。目指したのは球場ではなく、画塾だった。
師はロバート・ヘンライ。芸術は生活から生まれる、と説いた人である。
美しい神話や上品な肖像ではなく、目の前の生活を描け。教えは明快だった。
何を描くかが、どう描くかより先に来る。
ベローズはこの教えを、誰よりも真に受けた。
裏路地、波止場、工事現場。絵の主題ではなかった場所へ出かけて行った。
この仲間には、新聞の挿絵画家あがりが多かったと伝えられる。
事件の現場を、速い筆で写し取る訓練を積んだ人々である。
ベローズ自身は挿絵の出ではない。だが、その速さの美学を油彩に持ち込んだ。
そして20代のうちに画壇の注目を集めた。早熟の人である。
この潮流は、のちに「アッシュカン派」と呼ばれる。ごみバケツ派、という意味である。
はじめは悪口だった。都市の薄汚れた現実ばかり描く画家たちへの、あてこすりである。
だが彼らは、その名を引き受けた。
ごみバケツの中にこそ、生活の本当の姿がある。
そう開き直った名前だと考えれば、これほど正直な旗印もない。
会員制という抜け道
その若きベローズの名を高めたのが、ボクシングの絵である。

闇の中、リングだけが光る。
二人の体がぶつかり、伸びた腕と反った背中が白く浮かび上がる。
筋肉は輪郭線ではなく、光の面で描かれる。速い筆が、動きの途中を捉える。
手前には観客の後頭部と横顔。身を乗り出し、口を開けている。
煙草の煙と汗の匂いまで漂ってきそうな、緑がかった闇である。
照明はリングの真上にだけある。
光と闇の落差が、そのまま舞台と客席の落差になっている。
当時のニューヨークでは、公開のボクシング興行が法律で制限されていた。
そこで興行主は「会員制クラブ」を名乗った。
会員同士の試合という建前で、賭けと熱狂の夜が開かれたのである。
題名の「クラブ」は、その抜け道の呼び名である。
つまりこれは、単なる格闘の絵ではない。
法の網の目と、それをすり抜ける都市の欲望まで、描き込まれている。
こうした店は、ベローズの画室の近くにもあったと伝えられる。
このとき25歳。リングの主題に、画家は生涯戻り続けることになる。
一晩だけの、会員
二年後、ベローズはさらに踏み込む。

黒い背景から、二つの体が浮かび上がる。
左は黒人、右は白人のボクサーである。
左の選手は深く踏み込み、右の選手は打たれてのけぞる。
ぶつかる、まさにその瞬間である。
題名は《このクラブの両会員》。
試合のその晩だけ、選手を「会員」に仕立てる制度がある。それをそのまま題にした。皮肉である。
1909年。黒人チャンピオンのジャック・ジョンソンをめぐり、人種の緊張が高まった時代である。
白人と黒人の対戦は、リングの外の対立まで背負わされていた。
画面下の観客の顔は歪み、興奮は獣じみて描かれる。
この絵をどう読むかは、研究でも分かれている。
画家自身も時代の対立感情と無縁ではなかった、とする読みがある。
一方で、熱狂する観客の欲望こそを突き放して描いた、とする読みもある。
当サイトは、どちらとも断定しない。
確かなのは、ベローズが目をそらさなかったことである。
リングの上の二人と、それを見つめる群衆。
その両方を、一つの画面に閉じ込めた。
見世物と、それを見る者。この二重の主題は、以後のベローズを貫く。