赤い印が、十を超えて押される——項聖謨《白菊》ほか九点
作者が押し、持ち主が押し、見せてもらった人まで押す。だから時代が下るほど印は増えていく。彫った文字を朱で押すのだから、これもまた文字である。館の欄には現れない赤い四角を、自分の目で数えたい。印の数は来歴の長さでもある。

赤い四角が、いくつも押してある
絵画を九点、記録の欄で並べてみる。
九点とも、赤い印が押されている。
一つではない。
三つ、五つ、十を超えるものもある。
押される場所は、画面の隅か、文字の脇である。
印は、彫った文字を朱で押したものだ。
つまり、これも文字である。
ただし、書いたものではない。
彫って、押したものである。
印を彫るという仕事
印は、石や玉や木に彫る。
いちばん多いのは、石である。
柔らかい石を選び、小刀で彫る。
彫るのは、専門の職人のこともある。
自分で彫る人もいる。
書や絵を学ぶ人は、印も彫った。
つまり、三つが一続きの教養だった。
前の回で、詩と書と絵の話をした。
印を加えれば、四つになる。
九点の作者の中にも、自分で彫った人がいるだろう。
誰が押したのか
印を押すのは、描いた人だけではない。
持ち主が押す。
見た人が押す。
鑑定した人が押す。
だから、時代が下るほど印が増える。
前の回で、台紙に番号が積み重なる話をした。
こちらでは、赤い印が積み重なる。
同じことが、別の形で起きている。
朱肉という、赤
印を押す朱は、朱肉という。
顔料と油と繊維を練ったものである。
色は、赤よりやや橙に寄る。
そして、時間がたっても褪せにくい。
墨と並べても、負けない。
つまり、長く残る材料が選ばれている。
紙に染み込むのではなく、上に乗る。
だから、拡大すると盛り上がりが見える。
書かれた文字とは、質感が違う。
印が、来歴を語る
印が誰のものか分かれば、持ち主が分かる。
持ち主が分かれば、その絵がどこにあったか分かる。
つまり、印は来歴の記録である。
西洋の絵では、来歴は書類で追う。
領収書、目録、遺言状。
こちらでは、絵そのものに押されている。
前の回で、裏に購入の記録を書く例を見た。
考え方は近い。
物に、直接書き込む。

縦長の掛軸である。
地は、淡い青灰の紙である。
中央に、菊の株が立ち上がる。
茎は細く、上へ伸びる。
葉は濃い緑で、切れ込みが深い。
花は白く、細い花弁が放射状に開く。
十数輪が、上下に散る。
根もとに、小さな草が生える。
上部に、文字が数行入る。
画面の左右の縁に、赤い印が並ぶ。
その数は、十を超える。
十を超える印が、意味すること
印が十を超えるということは、持ち主が何人もいたということだ。
一人が複数の印を押すこともある。
それでも、五、六人は経ているだろう。
つまり、四百年のあいだに何度も手が変わった。
そのたびに、大切にされた。
大切でなければ、印は押されない。
赤い四角の数が、評価の記録になっている。
前の回で、番号が旅程を示す話をした。
印は、もっと直接に価値を示す。
縁に沿って、押される
いま見た一点の印は、縁に沿って並ぶ。
左右の縁に、上から下へ点々と続く。
これは、後の持ち主が押したものだろう。
画面の中を避けている。
つまり、絵を邪魔しないように配慮している。
一方、作者の印は文字の脇にある。
位置で、性格が分かれる。
館の記録は、印については書かない。
見て、判断することになる。
白い文字と、赤い文字
文字が朱で出る印を、朱文という。
文字が白く抜ける印を、白文という。
どちらを使うかは、好みや慣習で決まる。
二つ並べるときは、一つずつ使うことが多い。
そうすると、対比が生まれる。
赤い塊と、赤い線。
小さな面積の中で、変化が作られる。
九点の印にも、その組み合わせが見られる。
拡大して見れば、はっきり分かる。
二種類の、押し方
印には、二通りの彫り方がある。
文字の部分を彫り残す方法。
文字の部分を彫り込む方法。
前者では、文字が朱で出る。
後者では、文字が白く抜ける。
つまり、赤地に白い文字になる。
九点の印を見ると、両方が混じっている。
同じ人が、両方の印を持っていることもある。
使い分けの理由は、はっきりしない。
巻物の継ぎ目に、押す
九点のうち三点は、長い巻物である。
いちばん長いものは、表装を含めて十一メートルを超える。
紙を何枚も継いで作る。
その継ぎ目に、印が押されることがある。
継ぎ目をまたいで押せば、差し替えられない。
つまり、封印である。
前の回で、巻物の見方を書いた。
継ぎ目の印は、見ながら気づくものだ。
巻き進めるうちに、赤い印が現れる。

横に長い巻物の一部である。
地は、淡い褐色の紙である。
中央から右へ、岩山が連なる。
岩は角ばり、層をなして積み上がる。
墨の線は細く、輪郭がはっきりする。
麓に、小さな木立が茂る。
左に、水面が広がる。
その上に、細い橋が架かる。
上部に、細かい文字が数行入る。
左下の隅に、大きな赤い印が一つ押される。
印は、四角く縁取られる。
墨の中の、赤
墨だけの絵に、赤が一点入る。
これは、思いのほか強い効果を持つ。
灰色の階調の中で、赤だけが色を持つ。
だから、目がまずそこへ行く。
そして、画面の重さが移る。
左下に押せば、左下が重くなる。
右上に押せば、右上が重くなる。
つまり、印は構図の錘である。
押す位置を決めるのは、絵を描くのと同じ判断だ。
一つだけの、大きな印
いま見た一点の印は、目立つ。
画面の左下に、一つだけ大きく押される。
大きさは、指の腹ほどある。
墨だけの画面の中で、赤が際立つ。
つまり、色としても働いている。
墨と朱の対比が、画面を締める。
これは、意図された効果だろう。
印の位置と大きさは、構図の一部である。