作品を知る

縦が、横の六倍ある——鈴木春信の柱絵

九点のうち五点は、縦が横の五倍から七倍ある。柱に掛けるために作られた判型である。横に広がる場面は入らず、立ち姿と縦に長い道具だけが残る。制約が構図を決めるさまを見たい。画像に写り込む撮影用の目盛りにも触れる。

垣根の前に立つ若い男
鈴木春信《垣根の前に立つ若い男》メトロポリタン美術館蔵

縦が横の六倍

九点の寸法を並べると、五点が異様に細長い。

縦は63センチから69センチ、横は10センチから12センチである。

縦を横で割ると、五倍から六倍を超える。ふつうの版画では見ない比率である。

残る四点は、縦が横の一倍半から二倍ほどである。こちらは見慣れた形になる。

同じ絵師の同じ時期の仕事に、二つの形が並んでいる。

年で見ると、細長い五点は1763年から1769年に収まる。

残る四点は1760年から1770年で、時期は重なる。

つまり、細長い紙だけを作っていた時期があるわけではない。並行して作られている。

柱に掛ける絵

この細長い形は、柱絵と呼ばれる。

日本の家の柱に掛けることを想定した判型である。

柱は幅が狭い。掛け軸を掛けるほどの幅がない。

そこで、柱の幅に収まる細長い紙が作られた。安価な装飾として広まったと伝えられる。

九点の五点は、その柱絵である。

館の記録には、柱絵という語が出てこない。寸法の数字だけが並ぶ。

だから、数字を見て初めてこの判型だと分かる。

日本語の呼び名は、記録の外にある知識である。当サイトの記録にも入っていない。

掛ける場所の話

絵の判型は、飾る場所によって決まることがある。

掛け軸は床の間に、額は壁に、屏風は部屋の仕切りに置かれる。

柱絵は柱に掛ける。だから、柱の幅より広くては困る。

日本の家の柱は、太くても十数センチである。九点の柱絵の横幅と合う。

寸法の数字が、家の作りと結びついている。

紙が細いと、何が起きるか

細長い紙に絵を描くと、構図の自由が大きく減る。

横に広がる場面は入らない。景色も、群像も置けない。

入るのは、一人か二人の立ち姿である。上下に長い形が必要になる。

背景も、縦に伸びるものが選ばれる。柱、梯子、木の幹、垂れた枝。

九点の五点は、いずれもこの制約の中で作られている。

制約が厳しいほど、工夫が目に見える。何を捨て、何を残したかが分かる。

広い判型では、いくらでも足せる。狭ければ、選ばざるをえない。

柱絵が面白いのは、その選択が画面に残るからである。

上下をどう使うか

細長い画面では、上下の使い分けが問題になる。

人物を真ん中に置けば、上下が余る。

そこで、上に文字や小さな絵を入れたり、下に道具を置いたりする。

あるいは、人物を上下二人に分けて配置する。

九点の五点を見ると、この四つの解き方がひととおり出てくる。

上に文字を置くもの、上に小さな絵を置くもの、上下に人を分けるもの。

そして、縦に長い道具で上下をつなぐもの。

五点で四通りである。同じ判型でも、解き方は一つではない。

垣根の前に立つ若い男
鈴木春信《垣根の前に立つ若い男》1763年ごろ。木版、紙に墨と色。館の記録では、縦69.5センチ、横10.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。鈴木春信《垣根の前に立つ若い男》メトロポリタン美術館蔵

九点で最も細長い一点である。縦は横のおよそ七倍ある。

上部の三分の一に、文字が縦書きで並ぶ。三行ほどある。

その下に、人物が立つ。顔は右を向く。

髪は上でまとめられ、後ろに小さく結ばれる。

衣は青と黄と白で、細かい模様が入る。裾が足元まで届く。

腰のあたりに、丸い形のものを持つ。器か、笠かは判別しにくい。

人物の右には、白い花をつけた枝が広がる。

下部には、履物と地面がわずかに描かれる。

左下に、絵師の名らしい文字と印がある。

紙の縁は不揃いで、右下が欠けているように見える。

細長い紙は、扱いのたびに縁が傷む。二百五十年ぶんの跡である。

もっとも、館の記録には保存状態の記述がない。画像から見える範囲の話にとどめる。

文字が上に来る

この一点では、画面の上三分の一が文字で埋まる。

絵の部分は下三分の二だけである。

文字を入れると、絵の面積は減る。かわりに、詩や説明を添えられる。

柱絵は狭いので、文字と絵の取り合いが厳しくなる。

九点の柱絵のうち、文字が入るのは二点である。

虚無僧姿の娘
鈴木春信《虚無僧姿の娘》1768年ごろ。木版、紙に墨と色。館の記録では、縦64.8センチ、横12.1センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。鈴木春信《虚無僧姿の娘》メトロポリタン美術館蔵

一人の人物が、正面をやや外して立つ。

衣は黒と褐色で、袖が長い。前が大きく開く。

内側に赤い衣が見える。細い縞が入る。

腰には帯が巻かれ、房が垂れる。

首から下げた紐に、四角い箱のようなものが結ばれる。

顔は小さく、髪は上でまとめられる。

足元には草履が見える。爪先が前へ出る。

背景には何も描かれない。紙の地がそのまま残る。

題にある虚無僧は、笠をかぶり尺八を吹いて歩いた僧の姿である。

首から下げた箱は、その僧が持つ袋物にあたると考えられる。

ただし、画像では細部が読み取れない。断定はしないでおく。

背景を描かないのは、柱絵ではよくあることである。紙が狭いので、人物だけで埋まる。

二点で一組か

虚無僧を扱った二点は、寸法が近い。

横はどちらも12.1センチ、縦は64.8センチと67.6センチである。

年もどちらも1768年ごろとされる。

対になる二枚として作られた可能性はある。ただし、館の記録は何も書いていない。

同じ主題の二点が並ぶとき、組かどうかを判断する材料は少ない。

装いを、借りる

九点の柱絵のうち二点は、虚無僧の姿を扱う。

一点は娘が、一点は若者がその姿をしている。

本物の僧ではない。装いだけを借りている。

当時の版画では、こうした見立てがよく行われた。誰かが誰かの姿をする。

見る側は、その落差を楽しむ。装いと中身が違うことが面白さになる。

館の題も、その仕掛けをそのまま書く。娘が虚無僧の姿をしている、と読める書き方である。

もし本物の僧を描いた絵なら、題は違う書き方になるだろう。

題の一語が、絵の読み方を決めている。