画家を知る

窓のこちら側から——チャイルド・ハッサム

舟のある入江

五枚目は、水辺の作業の絵である。

牡蠣採り舟、コス・コブ
チャイルド・ハッサム《牡蠣採り舟、コス・コブ》1902年。油彩・画布。縦61.9センチ、横56.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フレデリック・チャイルド・ハッサム《牡蠣採り舟、コス・コブ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

入江である。手前に浅い水面が広がる。

中央に、白い帆船が一艘つながれている。

帆は下ろされ、細い帆柱が高く立つ。

その手前に小舟があり、人が一人立っている。

黄色い上着を着ているので、よく目立つ。

奥の岸には、家が数軒並ぶ。

黄色い壁の家、赤い壁の家、白い家。

その後ろに木立が茂り、緑の帯になっている。

水面には、家と舟の影が映っている。

生活の場としての風景

この絵は、避暑地の絵とは少し性格が違う。

牡蠣採りは、その土地の仕事である。

舟も、桟橋も、道具も、働くためのものだ。

画家は、そういう場所も繰り返し描いている。

コス・コブは、アメリカ北東部の港町である。

当時、画家たちが集まって滞在した場所として知られる。

宿があり、水辺があり、日々の風景があった。

同じ土地に長く通う画家たちのことは、当サイトの
ウィアとトワクトマンの記事でも触れる。

ハッサムも、その仲間の一人だった。

室内の裸婦

六枚目は、また室内に戻る。

座る裸婦
チャイルド・ハッサム《座る裸婦》1912年。油彩・画布。縦61センチ、横55.9センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フレデリック・チャイルド・ハッサム《座る裸婦》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

背を向けて座る女性である。

髪を高く結い、うなじが見えている。

背中の線が、肩から腰へ滑らかに下りる。

腰の下には、緑と白の布が敷かれている。

背景は、黄色い縦の襞である。

カーテンだろう。先ほどの《ニューヨークの窓》と似ている。

その黄色が、肌に反射しているように見える。

肌は、白ではなく淡い黄褐色に塗られている。

つまり、周囲の色が肌に回り込んでいる。

反射光という考え方

物の色は、その物だけで決まらない。

周りにある物の色が、光となって回り込む。

黄色いカーテンの前に立てば、肌は黄色みを帯びる。

緑の草の上に座れば、下から緑が反射する。

この考え方は、十九世紀後半の絵で強く意識された。

固有の色ではなく、その場の光の中の色を描く。

この一枚は、その方針がはっきり出ている。

背景と人物が、同じ光の下で結ばれている。

蔦の絡む家

七枚目は、田舎の家である。

イースト・ハンプトンの古い家
チャイルド・ハッサム《イースト・ハンプトンの古い家》1916年。油彩・画布。縦81.92センチ、横100.33センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フレデリック・チャイルド・ハッサム《イースト・ハンプトンの古い家》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

木造の家である。灰色がかった板壁が見える。

窓には緑の鎧戸が付いている。

屋根は勾配が急で、煙突が立つ。

家の周りを、木と茂みが囲んでいる。

右側の壁には、蔦が這い、赤い花が咲いている。

正面の戸口は開いており、中が暗く見える。

画面全体が緑と灰色で、そこに赤の点が散る。

穏やかで、人の気配のある絵である。

旗の並ぶ通り

最後の一枚は、これまでと調子が違う。

連合国の日、1917年5月
チャイルド・ハッサム《連合国の日、1917年5月》1917年。油彩・画布。縦92.7センチ、横76.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フレデリック・チャイルド・ハッサム《連合国の日、1917年5月》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

都市の通りである。両側に高い建物が並ぶ。

その建物から、たくさんの旗が突き出している。

赤白青の旗が、いくつも重なって垂れている。

アメリカの星条旗、イギリスの旗、フランスの旗。

同盟した国々の旗が、通りを埋めている。

通りの下のほうには、群衆が小さく描かれている。

建物の壁は、白と灰色と青で塗られている。

旗の赤と青が、その中で強く浮かび上がる。

制作は1917年。第一次世界大戦の最中である。

旗という主題

ハッサムは、旗を掲げた通りを何十点も描いたと記録されている。

戦争中のニューヨークで、実際にこうした光景が繰り返された。

行進があり、募金があり、通りが旗で飾られた。

つまりこれは、時事の記録でもある。

同時に、絵としてはきわめて都合のよい主題でもある。

赤白青の面が、画面の上半分を埋める。

建物の縦の線と、旗の斜めの線が交差する。

色と形の構成として、面白い画面になる。

主題の意味と、絵としての魅力が重なっている。

八点を通して

八点を年代順に並べる。

1891年、1899年、1901年、1902年、1912年が二点、1916年、1917年。

四半世紀の幅がある。

主題は、海岸、庭、入江、室内、家、都市の通り。

土地も場面も幅広い。

しかし、共通する性質がある。

まず、影が薄い。暗い部分がほとんどない。

次に、筆跡が細かく、方向がそろっている。

そして、色が明るく、彩度が高い。

どの絵にも、同じ光の扱いがある。

窓のこちら側から

最初の一枚に戻りたい。

《ニューヨークの窓》では、街は光としてしか入ってこない。

見る人は、室内にいて、外を直接には見ない。

考えてみると、八点のうち多くがそういう位置にある。

海を岸から見る。入江を対岸から見る。通りを高い窓から見る。

対象の中に入るのではなく、少し離れた場所から眺めている。

そのぶん、画面には静けさがある。

戦争の最中に描かれた旗の絵ですら、騒がしくない。

群衆は小さく、音は聞こえてこない。

この距離の取り方が、この画家の持ち味だと思う。

近づきすぎず、離れすぎず、光だけを受け取る。

窓のこちら側から見た景色が、八点並んでいる。

明るい絵の難しさ

最後に、明るい絵についてひとこと書いておきたい。

暗い絵は、それだけで重く見える。深刻さを装いやすい。

明るい絵は、その手が使えない。

影が薄く、色が澄んでいると、絵は軽く見られがちである。

装飾的だ、という評価がつくこともある。

しかし、明るいまま画面を持たせるのは、実は難しい。

明暗の差が使えないぶん、色の差だけで構成しなければならない。

ハッサムの八点は、その仕事を淡々とこなしている。

赤い花の点、白い帆の面、旗の垂れ幕、カーテンの襞。

どれも、色の配置だけで画面を組み立てている。

明るい絵を、明るいまま成立させる。

言うほど簡単なことではない。

八点を通して、その難しさが表に出ていないこと自体が腕である。

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