窓のこちら側から——チャイルド・ハッサム
題は《ニューヨークの窓》。しかし窓の外に街の形はほとんど見えない。見えるのはカーテンを透かした光の色だけである。ハッサムの八点を並べ、明るい絵を明るいまま成立させる仕事を見ていく。影が薄く色が澄んでいる絵は、軽く見られやすい。しかし持たせるのは難しい。

カーテン越しの光
一枚の絵から始めたい。

縦長の画面である。縦116.5センチ、横89.1センチ。
画面の右半分を、大きな窓が占めている。
窓には薄い布のカーテンが掛かっている。
そのカーテンは、上から下まで細かい縦の襞になっている。
襞の一本ずつが、青、桃色、黄、白と塗り分けられている。
光が布を透かして入り、色を帯びて散っている。
カーテンの向こうには、建物の壁がぼんやり見える。
窓の外は街である。しかし細部は判別できない。
画面の左寄りに、女性が座っている。
椅子に腰かけ、体を窓のほうへ向けている。
顔は横顔で、目を伏せているように見える。
着ているのは、青と灰色の柄の入った衣である。
手前には小さな卓があり、果物を盛った器が置かれている。
外を、直接には描かない
この絵の面白いところは、街を描いていないことだ。
題は《ニューヨークの窓》である。
しかし窓の外に、街らしい形はほとんど見えない。
見えるのは、カーテンを透かした光の色だけである。
つまり街は、光として室内に入ってきている。
外を描かずに、外の気配だけを描いている。
こういう扱い方は、二十世紀初めの絵にしばしば見られる。
窓辺に人を置き、外光の中に沈める構図である。
日本の絵でも、障子越しの光は古くから扱われてきた。
薄い膜を通った光は、直射光より色が豊かになる。
画家について
チャイルド・ハッサムについて、記録から書く。
1859年に生まれ、1935年に没したアメリカの画家である。
若い頃に版画の仕事や挿絵の仕事をしていたと伝えられる。
その後フランスに渡り、当時の新しい絵に触れた。
帰国後は、アメリカの都市と海岸を描き続けた。
日本ではあまり知られていないが、アメリカでは人気の高い画家である。
とくに国旗を描いた一連の絵が有名である。
その一枚は、この記事の後半で見る。
なお、彼は生涯に膨大な数の作品を残したとされる。
油彩のほか、水彩、パステル、版画も手がけた。
当サイトが扱えるのは、そのごく一部にすぎない。
八点はいずれも油彩で、公開されている画像がそろっている。
都市と海岸を、行き来する
ハッサムの制作には、はっきりした往復がある。
冬は都市の画室で、夏は海辺や田舎で描く。
十九世紀後半のアメリカの画家には、この形が多かった。
都市には買い手がいて、田舎には主題がある。
避暑地に画家が集まり、そこで作られた絵が都市で売られる。
こうした循環が、当時の画壇を支えていた。
八点の主題が都市と海岸に分かれているのも、その反映である。
季節ごとに描く場所が変わり、絵の性質も変わる。
海岸の絵は明るく、色数が多い。
都市の絵は、灰色と青が主になる。
同じ画家の中に、二つの調子が並んでいる。
筆の置き方
この絵の描き方を見ておきたい。
カーテンの襞は、縦に長い筆跡の連続でできている。
一本ずつ、色を変えて置かれている。
混ぜて中間色を作るのではなく、別々の色を並べる。
離れて見ると、それが目の中で混ざり、光として感じられる。
この方法は、十九世紀後半のフランスで広まった。
当サイトでも
モネの水などで扱っている。
ハッサムはその方法を、アメリカに持ち帰った一人である。
もっとも、彼の筆跡はフランスの画家たちより整理されている。
方向がそろい、長さも均一に近い。
装飾的といってよいほど、規則正しく並んでいる。
室内という主題
この絵には、物語がない。
女性が何をしているのか、絵からは分からない。
読書でも、裁縫でも、待っているのでもない。
ただ座って、光の中にいる。
十九世紀までの絵なら、何かの場面であることが求められた。
物語か、寓意か、肖像か。
そのどれでもない絵が成立するのは、比較的新しい。
主題は、光と色の効果そのものである。
人物は、その効果を受け止める面として置かれている。
冷たい見方に聞こえるかもしれないが、絵の作りとしてはそうである。
果物の器
手前の卓に置かれた器についても触れておきたい。
ガラスの器に、果物が盛られている。
黄色や橙の丸いものが、いくつも重なって見える。
この器だけが、画面の中で強い暖色になっている。
カーテンの光は青と桃色が中心である。
その中に、橙の塊が一つ置かれる。
寒色でまとめた画面に、暖色の錘を落とす。
構図の重心を作るための配置だろう。
また、ガラスは光を屈折させ、細かい輝きを生む。
布の透過光と、ガラスの反射光。
質の違う二つの光が、同じ画面で比べられている。
窓辺の絵に器を置く構図は、当時よく描かれた。
光を受け止める物として、ガラスや陶器は便利だからである。
女性の衣の柄
女性の着ている衣にも、細かい描写がある。
青と灰色を基調に、細かい模様が散っている。
その模様の描き方が、カーテンの襞と似ている。
短い筆跡を並べ、色を少しずつ変えていく。
つまり、衣も光の一部として扱われている。
人物と背景を、同じ筆づかいで描く。
そうすると、人が空間に溶け込んで見える。
輪郭で人物を切り出す描き方とは、正反対である。
この絵の女性が誰なのかは、記録からは分からない。
肖像として描かれたのではないのだろう。
顔の造作も、それほど詳しく描かれていない。