画家を知る

速さで、人をつかまえる——ロバート・ヘンライ

黒い衣の女性

三枚目も、同じ形式の全身像である。

イーディス・レイノルズ
ロバート・ヘンライ《イーディス・レイノルズ》1908年。油彩・画布。縦196センチ、横96.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ロバート・ヘンライ《イーディス・レイノルズ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは黒である。

女性が黒い衣を着て、立っている。

肩は出ており、胸元が開いている。

腕は体の前で組まれ、手首に細い飾りが見える。

顔はこちらを向き、まっすぐ見返してくる。

背景は、衣とほとんど同じ暗さである。

そのため、体の輪郭がところどころ闇に溶けている。

はっきり見えるのは、顔と、肩と、腕だけである。

二枚を並べる

《白衣の若い女性》と、この一枚を並べてみたい。

寸法はほぼ同じである。縦は198.8センチと196センチ。

構図も同じで、暗い背景に人物が一人立つ。

違うのは、衣の色だけである。

白い衣では、体の形がはっきり出る。

布の襞が光を受け、体の位置が読み取れる。

黒い衣では、形が背景に溶ける。

見えるのは顔と手だけになり、視線がそこへ集中する。

同じ形式でも、色一つで見え方がまったく変わる。

手を、どう置くか

この二枚では、手の扱いも違う。

白い衣の女性は、両手を体の前で軽く合わせている。

黒い衣の女性は、腕を組むように前で交差させている。

手は、顔に次いで表情を持つ部分である。

握れば緊張が、開けばくつろぎが伝わる。

肖像画では、手の位置に必ず意図が入る。

しかも手は、描くのが難しい。

指が五本あり、関節が多く、角度で形が大きく変わる。

そのため、布の中に隠す構図も昔から多い。

ヘンライはどちらの絵でも、手をきちんと見せている。

ただし描き込みは顔ほど詳しくない。

形を押さえたら、あとは光の当たり方だけで済ませている。

ここにも、力の配分の判断がある。

背景を、塗らないこと

三枚の肖像に共通して、背景には何もない。

家具も、窓も、風景も描かれていない。

十九世紀の肖像画には、背景に室内を描く例も多かった。

持ち物や部屋を見せることで、身分や趣味を伝えるためである。

それをすべて省くと、残るのは顔と姿だけになる。

情報は減るが、そのぶん人物に集中できる。

ヘンライがこの方針を取ったのは、教えの内容とも重なる。

余計なものを描かず、対象そのものをつかむ。

背景の暗さは、その方針の現れでもある。

夫婦の肖像

四枚目と五枚目は、対の肖像である。

ジョージ・コットン・スミス
ロバート・ヘンライ《ジョージ・コットン・スミス》1908年。油彩・画布。縦81.3センチ、横66センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ロバート・ヘンライ《ジョージ・コットン・スミス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

年配の男性である。胸から上が描かれている。

白い髭を長く伸ばし、髪も白い。

黒い上着を着て、白い襟が覗く。

背景は暗く、何も描かれていない。

顔には光が当たり、額と鼻筋が明るい。

目は落ち窪み、まぶたが重い。

エリザベス・ヴァージニア・レイニング・ブラドナー・スミス(ジョージ・コットン・スミス夫人)
ロバート・ヘンライ《エリザベス・ヴァージニア・レイニング・ブラドナー・スミス(ジョージ・コットン・スミス夫人)》1908年。油彩・画布。縦81.3センチ、横66センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ロバート・ヘンライ《エリザベス・ヴァージニア・レイニング・ブラドナー・スミス(ジョージ・コットン・スミス夫人)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは年配の女性である。

白髪を後ろにまとめ、黒い衣を着ている。

襟元に白いレースが覗き、そこに小さな飾りが留まる。

顔は正面に近い角度で、こちらを見ている。

背景はやはり暗い。

寸法は男性の絵と同じで、縦81.3センチ、横66センチ。

同じ年に、同じ大きさで、対として描かれている。

老いを、そのまま

この二枚で目を引くのは、顔の描き方である。

皺も、たるみも、隠されていない。

男性の目の下には深い影があり、頬がこけている。

女性の口元にも、細かい皺が刻まれている。

肖像画には、しばしば美化がつきまとう。

依頼主を実際より若く、整えて描くことがある。

この二枚には、その気配が薄い。

年齢をそのまま画面に置いている。

とはいえ、冷たい絵ではない。

光の当て方が柔らかく、顔がやさしく浮かんでいる。

対の肖像という形式

夫婦を別々の画面に描く形式は、長く使われてきた。

当サイトでも
アングルのルブラン夫妻で扱った。

二枚を並べて掛けることが前提の作り方である。

このスミス夫妻の二枚も、同じ設計に見える。

寸法がそろい、背景の暗さもそろっている。

ただしアングルの例と違い、二人とも正面に近い角度を向いている。

向かい合わせではなく、並んでこちらを見ている。

家の壁に並べたとき、二人がそろって来客を迎える形になる。

黒い衣を、二度描く

ここまでの絵で、黒い衣が三度出てくる。

《イーディス・レイノルズ》、そしてスミス夫妻の二枚である。

黒は、この時期の肖像画で好んで使われた色だった。

正装の色であり、格式を示す色でもある。

同時に、画家にとっては難物でもある。

黒い面をただ塗れば、絵は穴があいたように見える。

そこでヘンライは、黒の中に他の色を混ぜている。

青みの黒、褐色の黒、緑がかった黒。

近づいて見ると、それらが層になっているのが分かる。

離れて見れば、ただの黒に戻る。

黒を黒く見せるために、黒以外の色を使う。

この矛盾したやり方が、肖像画の技術の一つである。

光を、どこから当てるか

三枚の肖像は、いずれも光が斜め上から来ている。

顔の片側が明るく、反対側が影になる。

額と鼻筋と頬の一部だけが強く光る。

これは画室での照明を再現した描き方である。

高い位置に窓を取り、そこから自然光を入れる。

十九世紀の画室は、たいていそういう作りだった。

北向きの高い窓なら、一日じゅう光の質が変わらない。

安定した光の下で、同じ条件で描き続けられる。

肖像画の伝統的な光は、この設備に由来している。