画家を知る

夫婦を、二枚に分ける——アングルの肖像

同じ年、同じ大きさで、夫と妻が別々の画面に描かれた。向かい合わせに掛けるための設計である。アングルの肖像を六点並べ、なめらかな面と明確な輪郭、そして織物にかけられた手数を確かめる。三十年間、この画家の顔はほとんど変わっていない。

ジャック=ルイ・ルブラン
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《ジャック=ルイ・ルブラン》メトロポリタン美術館蔵

夫と妻が、別々の絵になっている

二枚の絵から始めたい。同じ年に、同じ画家が、同じ家の夫婦を描いたものである。

ジャック=ルイ・ルブラン
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《ジャック=ルイ・ルブラン》1823年。油彩・画布。縦121センチ、横95.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《ジャック=ルイ・ルブラン》メトロポリタン美術館蔵

椅子に座った男性である。体をやや右に向け、こちらを見ている。

黒い上着を着て、白い襟巻きを高く巻いている。

胸元には金の鎖が下がり、光を受けて細く輝いている。

左手には、小さな本のようなものを持っている。

右腕は、赤い織物の掛かった卓に置かれている。

その織物には、細かい文様が織り出されている。

卓の上には紙が数枚あり、端がわずかに反り返っている。

背景は褐色で、何も描かれていない。

顔は、驚くほど滑らかである。筆の跡がほとんど見えない。

肌の上を、光が均一に回っている。

ジャック=ルイ・ルブラン夫人
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《ジャック=ルイ・ルブラン夫人》1823年。油彩・画布。縦119.4センチ、横92.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《ジャック=ルイ・ルブラン夫人》メトロポリタン美術館蔵

こちらは夫人である。同じ年、ほぼ同じ大きさで描かれている。

黒い衣を着て、肩と腕を大きく出している。

首から胸元へ、長い金の鎖が幾重にも下がる。

腕には金の腕輪があり、指にも指輪がある。

左腕を椅子の背に掛け、体をこちらへ倒している。

その腕の下に、色鮮やかな織物が広げられている。

赤、黄、緑の文様が、画面の下半分を占めている。

右奥には楽器が置かれ、その上に花が見える。

顔はやはり滑らかで、輪郭がくっきりしている。

二枚を並べる

二枚を並べると、まず対称性に気づく。

夫は画面の左を向き、妻は右を向いている。

向かい合わせに掛けるための設計である。

寸法もほぼそろえられている。差は数センチしかない。

背景の色も近い。褐色から暗い灰色へ。

つまりこの二枚は、最初から一組として作られた。

夫婦を一枚に収める描き方もあったはずだが、そうはしなかった。

別々の画面に分け、それぞれを主役として立てている。

分けることの意味

一枚に二人を入れると、必ず序列が出る。

前に置かれた者と、後ろに置かれた者。大きく描かれた者と、小さく描かれた者。

夫婦の肖像では、たいてい夫が前に来る。

二枚に分ければ、その問題は起きない。

どちらの絵でも、その人物が画面の主である。

もっとも、これは平等の思想というより、注文の形式だろう。

対の肖像は、当時のヨーロッパで広く行われていた。

家に二枚並べて掛けることが、そもそもの前提だったと考えられる。

布に、時間がかかっている

この二枚で当方がいちばん驚くのは、織物の描写である。

夫の絵では、卓に掛かった赤い布に細かい文様がある。

妻の絵では、椅子に掛かった織物がさらに賑やかである。

どちらも、糸の目まで追えるほど描き込まれている。

顔よりも、布のほうに手数がかかっているようにさえ見える。

これは、当時の肖像画がしばしば持っていた性格である。

肖像画は、人を写すと同時に、持ち物を写す。

衣装、宝飾、家具、織物。それらが身分と財を示す。

だから布は、背景ではなく主題の一部になる。

とはいえ、ここまで丁寧に描く画家はそう多くない。

顔の作り方

顔に戻る。アングルの顔は、独特のなめらかさを持っている。

筆跡が消され、面と面がとろけるようにつながる。

その一方で、輪郭線ははっきりしている。

頬から顎へ、鼻から唇へ。線がきちんと通っている。

なめらかな面と、明確な線。この組み合わせが特徴である。

そのため、人物が少し人形めいて見えることがある。

生々しさより、形の完成が優先されている。

同時代には、この点を批判する声もあったと伝えられる。

冷たい、硬い、生きていない、といった評である。

その評価は、いまも人によって分かれるところだろう。

首と腕の長さ

アングルの人物には、しばしば奇妙な点が指摘される。

体の一部が、解剖学的に見て長すぎる、という指摘である。

ルブラン夫人の絵でも、椅子の背に掛けた左腕は、かなり長く見える。

肩から肘、肘から手首の比率が、実際の人体と少しずれている。

首も、通常より長く伸ばされているように見える。

これは失敗ではなく、意図的な変形と考えられている。

画面の中で線が美しく流れるように、形が調整されている。

腕が短ければ、椅子の背まで届かない。届かなければ、姿勢が崩れる。

姿勢を優先した結果、腕が伸びた。そういう順序だろう。

同じことは、彼の有名な裸婦像についても長く議論されてきた。

背骨の数が合わない、といった批判が当時からあったと伝えられる。

つまり彼は、写すことより整えることを選んでいる。

肖像画でありながら、その原則を曲げていない。

対の肖像という習慣

対になった夫婦の肖像は、ヨーロッパで長く続いた形式である。

十五世紀のイタリアにも、横顔を向かい合わせた対の板絵がある。

十七世紀のオランダにも、夫と妻を別々の画面に描いた例が多い。

どちらも、家の壁に並べて掛けることを前提としていた。

つまりこの形式は、四百年ほど使われ続けたことになる。

飾る場所が決まっているから、絵の向きも決まる。

左の絵は右を向き、右の絵は左を向く。視線が内側で交わる。

ルブラン夫妻の二枚も、その規則どおりに作られている。

いま二枚を並べて見ると、その設計がそのまま生きている。

美術館の壁でも、この二枚は隣り合わせに掛けられることが多いという。

二百年前の家の壁の配置が、いまも再現されているわけである。