見たものと、読んだもの——ドラクロワの主題
ドラクロワの主題には、二つの出所がある。動物やモデルのように見て描いたものと、詩や物語から想像したもの。九点を並べ、その切り分けを試みる。植民地の条件と、記録されなかった人にも触れておきたい。装飾として注文された大きな花の絵も見ておく。

虎と蛇が、向かい合っている
一枚の絵から始めたい。

小さな絵である。縦33センチ、横41.3センチ。
画面の左に虎がいる。前脚を折り、身を低く沈めている。
背は褐色で、黒い縞が斜めに走る。腹と脚の内側は白い。
口を開き、牙が見える。目は右前方を睨む。
視線の先、画面の右に木がある。幹が斜めに立ち、そこに蛇が巻き付く。
蛇は胴を二重に巻き、鎌首をもたげる。虎とほぼ同じ高さで、向かい合っている。
背景は暗い。左奥に岩山、右に茂み。空は上端にわずかに見えるだけである。
左下に署名と年記がある。画家の名と1862の数字が読める。
筆の跡が、そのまま残る
技法にも触れておきたい。虎の胴には、細い筆で縞が引かれている。
しかし毛の一本ずつは描かれていない。褐色の面の上に、黒い線を数十本置いただけである。
地面の草も同様で、緑と黄土の短い線が重なる。近づくと、線の集まりにしか見えない。
離れると、それが毛と草になる。省略と効果の関係が、はっきり分かる画面である。
虎を、どこで見たのか
ここで一つ確かめたい。この画家はフランスで活動した。
野生の虎を、実際に見る機会はない。では、この虎はどこから来たのか。
考えられるのは、動物園と剥製である。19世紀のパリには動物の飼育施設があり、
画家たちが写生に通ったことが知られている。
つまり、この虎は観察にもとづいている可能性が高い。ただし、山中の場面は想像である。
問い——見たものと、読んだもの
ここで問いを立てたい。この画家の主題には、二つの系統がある。
一つは、実際に見て描いたもの。動物、庭、人物の習作である。
もう一つは、読んだものから描いたもの。文学作品、歴史の記述、遠い土地の報道である。
当サイトにはドラクロワの作品が15点公開されている。両方の系統が含まれている。
並べて、その差を読みたい。
杭に繋がれた馬
まず、実見にもとづくと考えられる一点を見たい。

きわめて小さい。縦19.4センチ、横21.3センチ。文庫本ほどの大きさである。
栗毛の馬が一頭立つ。首を左へ向け、綱が杭に繋がれている。
杭は画面の左に立ち、細長い柱の形をしている。
地面は黄土色で、影が右へ長く伸びる。空は上部に青く、雲が薄い。
筆は速い。馬の胴は数回の刷きで作られ、脚の輪郭は一筆である。
制作年は1820年ごろで、公開分では最も早い。
小さな画布は、練習のためである
寸法の意味を考えたい。19.4×21.3センチの画布は、売るための絵の大きさではない。
つまり習作である。動きや構造を確かめるために描かれた。
こうした小品が残ることは、制作の過程を知る手がかりになる。
素描や習作の役割については、別のコラムで扱った。
同じ人物を、二つの姿勢で描く
人物の習作も見たい。

画面に二人の人物が描かれている。しかし題名によれば、同一人物の二つの姿である。
左の人物は立つ。白い上衣を着て、腰に白い帯を巻く。赤い帽子をかぶる。
右手に細い杖を持ち、正面を向く。足元は赤い履物である。
右の人物は座る。同じ白い衣で、肩に淡い黄褐色の布を掛ける。
膝の上に白い布を広げ、こちらを見る。背景は暗く、何も描かれていない。
モデルは、誰だったのか
記録を確かめておきたい。所蔵館の題名は、この人物を「カルカッタ出身のインド人」と記す。
つまり、出身地は記録されている。しかし、名前は記録されていない。
19世紀のパリには、各地から人が集まっていた。画家は、そうした人にモデルを依頼することがあった。
その人がどんな事情でパリにいたのか、報酬がいくらだったのかは、記録に残らない。
つまり、この画面には描かれた人と、記録されなかった事情がある。
記録の非対称
ここは慎重に扱いたい。画家の名前は残り、モデルの名前は残らない。
この非対称は、この一点に限らない。ヨーロッパの絵の多くで見られる。
同じ問題は、別のコラムでも触れた。
見る側は、画面の中の人を「異国の人物」という枠だけで見ないようにしたい。
一人の人が、ある日、画室で二つの姿勢を取った。まず、その事実を確かめたい。
読んだものから、描く
ここから、もう一つの系統に移りたい。

二頭の馬が、画面の中央でぶつかっている。
左の馬は黒く、後脚で立ち上がる。乗る人物は白い布を頭に巻く。
右の馬も暗い色で、乗る人物は白い衣に赤い帯を締める。右手に刃を振り上げる。
二人の刃が、画面の中央で交差する。
右下に、倒れた人物がいる。青い衣で、地面に手をつく。
背景は岩山で、空は灰色に濁る。