速さで、人をつかまえる——ロバート・ヘンライ
オランダの村で
六枚目は、旅先の絵である。

小さな画面である。縦51センチ、横61.1センチ。
村の通りである。左手に建物が並ぶ。
赤い屋根と、黄土色の壁が見える。
その前に、人々が集まっている。
女性たちは白い頭巾をかぶり、暗い色の衣を着ている。
子どもの姿もある。
左奥には、船の帆柱が何本も立っている。
港が近いことが分かる。
空は淡い黄色で、明るい。
地面は白っぽく、光を強く返している。
旅先の絵
十九世紀末から二十世紀初めにかけて、画家たちは旅をした。
オランダの漁村は、そうした行き先の一つだった。
伝統的な衣装を着た人々が暮らし、風景が絵になりやすい。
つまり、画家にとって都合のよい土地だった。
もっとも、これは観光の視線でもある。
その土地の人にとっては、日常の通りにすぎない。
絵を見るときは、その差を意識したほうがよいと思う。
この一枚も、通りの様子を外から眺めた絵である。
人々の顔は、ほとんど描き分けられていない。
子どもの肖像
七枚目は、子どもである。

胸から上の肖像である。
短い巻き毛の子どもが、こちらを見ている。
頬が赤く、丸い。
首元に、青い布が巻かれている。
上着は灰色がかった白で、大きく描かれている。
背景は褐色と緑で、筆跡が粗く残る。
顔だけが丁寧に描かれ、その他は速い筆で片づけられている。
つまり、力の配分がはっきりしている。
子どもを描く速さ
子どもの肖像は、時間との勝負である。
長時間じっとしていることを期待できない。
だから、速く描く技術が要る。
顔の要点を最初に押さえ、残りは後から回す。
この絵の描き方は、そういう事情とよく合っている。
顔は数十分で決め、上着と背景は自由に扱う。
結果として、顔だけが焦点を結ぶ画面になる。
ヘンライは子どもの肖像を多く残したと記録されている。
速く描く方法が、この主題に向いていたのだろう。
白い毛布の少女
八枚目について、書き方に注意しておきたい。

少女が、白い毛布を頭からかぶって座っている。
毛布は厚く、顔の周りを丸く囲んでいる。
顔は正面を向き、まっすぐこちらを見ている。
頬が赤く、唇が結ばれている。
背景には、赤と黄の織物らしき模様が見える。
白い毛布の面が大きく、そこに光が集まっている。
誰が、誰を描いたか
この一枚については、事情を書いておく必要がある。
記録によれば、ヘンライは晩年に南西部を訪れている。
そこで先住民の人々を描いた作を、数多く残した。
原題には、当時の呼称がそのまま使われている。
当サイトでは、日本語の題を《白い毛布の少女》とした。
原題の語をそのまま訳すと、いまの日本語では不適切になるためである。
ただし、原題を隠すつもりはない。所蔵館の記録に記載のとおりである。
そのうえで確認しておきたいのは、描く側と描かれる側の関係である。
この絵は、外から訪れた画家が、その土地の少女を描いたものだ。
肖像でありながら、名前は記録されていない。
依頼を受けた肖像なら、名前が題になるはずである。
記録としての限界
同じ問題は、当サイトでも
カトリンの記録で扱った。
先住民を描いた十九世紀以降の絵は、記録としての価値を持つ。
同時に、描く側の視線の偏りも抱えている。
その両方を書かずに、絵の美しさだけを語ることはしたくない。
この一枚の画面自体は、静かで、丁寧である。
少女の目には力があり、顔は生き生きしている。
見下ろす調子も、装飾的に扱う調子もない。
そのことは、公平に書いておきたい。
画室の裸婦
最後の一枚を見る。

画室の中である。
女性が布を敷いた台に座り、鏡らしきものを持っている。
髪には飾りが巻かれている。
背景には、緑や紫や褐色の筆跡が乱雑に走る。
奥に、額に入った絵らしきものが見える。
体は淡い桃色で、輪郭は柔らかい。
背景の粗さと、体の滑らかさが対照をなしている。
九点を通して
九点を年代順に並べる。
1902年、1904年、1908年が三点、1910年、1913年、1917年、1918年ごろ。
十六年の幅である。
主題は、都市の風景、全身の肖像、胸像、旅先の通り、子ども、裸婦。
肖像が多いが、風景も入っている。
そして、どの絵も筆が速い。
顔や手など、要点だけを丁寧に描き、他は大きく片づける。
その配分が、一貫している。
速さが残すもの
最後に、速く描くことの意味を考えたい。
丁寧に仕上げた絵は、完成度が高い。
その代わり、描いた時間の長さが画面から消える。
速い絵には、時間が残る。
筆跡の一本ずつが、手の動いた順序を伝える。
見る人は、絵の表面をたどりながら、その順序を追体験する。
ヘンライの絵の前に立つと、いつもそれを感じる。
雪の通りも、白い衣も、子どもの頬も。
描いた手が、まだ動いているように見える。
九点のどれにも、その速さが残っている。
教える人の絵
もう一つ、最後に書いておきたいことがある。
ヘンライは、画家としてよりも教師として語られることが多い。
彼の授業の内容をまとめた本は、いまも読まれているという。
そこでは、技法よりも態度が説かれていると伝えられる。
対象に興味を持つこと、恐れずに手を動かすこと。
そうした言葉が並ぶらしい。
教師の絵は、しばしば弟子の絵に隠れる。
ベローズやほかの弟子たちの名のほうが、先に出てくる。
しかし九点を並べてみると、この人自身の絵も十分に強い。
雪の通りの省略も、黒い衣の層も、子どもの頬の速さも。
教えられる内容が、そのまま画面に出ている。
言葉で説く前に、まず自分の手で示していた人なのだろう。
弟子の絵を見たあとで、この九点に戻ると、それがよく分かる。
教えは言葉より先に、筆の速さとして伝わっていた。







