速さで、人をつかまえる——ロバート・ヘンライ
雪の面は数回の筆、人影は二、三筆で済まされている。それでも湿り気と動きが伝わる。ロバート・ヘンライは速く描く人だった。都市の風景から子どもの肖像まで、九点に残る速さを見る。速い絵には、描いた手の動いた順序が残る。

雪の通りを、素早く
一枚の絵から始めたい。

都市の通りである。縦長の画面に、道が奥へ伸びる。
道には雪が積もっている。轍が黒く残っている。
両側に、褐色の建物が高く立つ。
窓が縦横に並び、非常階段らしき鉄の構造が見える。
通りの奥は、白く霞んでいる。
雪雲か、立ちのぼる湯気だろう。
道の上には、馬車と人が点々といる。
雪の白は、一様ではない。
日の当たる面は明るく、轍の跡は灰色に濁っている。
歩道寄りには、踏み荒らされた雪が茶色く見える。
都市の雪は、降った直後から汚れていく。
その汚れ方まで、絵に入っている。
赤い箱のような車が一台、手前寄りに描かれている。
その周りに、黒い人影がいくつも群れている。
顔は描かれていない。形だけの人である。
筆が、速い
この絵で最初に感じるのは、筆の速さである。
雪の面は、白い絵具を数回置いただけに見える。
建物の壁も、褐色を大きく塗り、窓を暗い点で入れている。
人影は、一人につき二、三筆で済まされている。
つまり、細部を詰めていない。
にもかかわらず、雪の湿り気や、人の動きが伝わる。
これは、どこを描き、どこを省くかの判断が的確だからである。
省略は、手抜きとは違う。
何を残せば伝わるかを知っている者にしかできない。
画家について
ロバート・ヘンライについて、記録から書く。
1865年に生まれ、1929年に没したアメリカの画家である。
若い頃にフランスで学び、帰国後は都市の風景と人物を描いた。
そして、教える人としても知られた。
多くの弟子を育て、影響の広い教師だったと伝えられる。
彼の周りに集まった画家たちは、当時の画壇に対して批判的だった。
美化された主題ではなく、目の前の街を描こうとした。
その流れの一つの結果が、当サイトでも扱った
ベローズの都市である。
ベローズは、ヘンライの教えを受けた一人とされる。
速く描くという方法
ヘンライの絵は、速く描かれたものが多い。
これは技術の問題だけではなく、考え方の問題でもある。
対象を長く見つめて、細部を積み上げていく描き方がある。
一方、最初に受けた印象を、そのまま画面に置く描き方もある。
後者では、迷う前に手を動かすことが求められる。
絵具は厚く、筆跡は残り、輪郭は曖昧になる。
その代わり、対象を見た瞬間の勢いが残る。
彼が教えたのも、この方向だったと伝えられる。
正確さより、生気を優先する。
白い衣の女性
二枚目は、正反対に見える絵である。

大きな縦長の画面である。縦198.8センチ。人の背丈を超える。
女性が一人、立っている。
白い長い衣を着て、裾が床に広がっている。
肩から胸元にかけて、布が緩やかに垂れる。
顔は横を向き、少しうつむいている。
髪は結い上げられ、飾りが載っている。
背景は暗い褐色で、何も描かれていない。
白い衣だけが、闇の中に浮かび上がっている。
白を、白で描かない
この絵の見どころは、白の扱いである。
衣の白は、一色ではない。
光の当たる面は、ほとんど純白に近い。
影の面は、灰色や黄色や薄い青を帯びている。
襞の奥は、褐色に沈んでいる。
つまり、白い布の中に何色も入っている。
それらが混ざらずに置かれ、離れて見ると白く見える。
暗い背景に白を置く構図は、肖像画の定石である。
当サイトでも
サージェントの肖像で、
同じ形式を扱った。
依頼主の姿を、闇の中に立たせる。
大きな肖像の意味
縦198.8センチという寸法についても考えたい。
これは、実物大かそれ以上ということである。
見る人は、絵の前に立つと、描かれた人物と目線が近くなる。
小さな肖像なら、こちらが見下ろす形になる。
等身大の肖像は、対等か、やや見上げる関係を作る。
十九世紀の肖像画で全身の大画面が好まれたのは、そのためでもある。
依頼した人にとって、絵は社会的な存在の表明だった。
家の広間に等身大の姿を掛ける。それ自体が意味を持つ。
つまり、寸法は絵の内容の一部である。
九点の中でこの寸法が二点だけなのも、そう考えると納得がいく。
大きな絵は、それを掛けられる家からしか注文が来ない。
顔を、横に向ける
《白衣の若い女性》の顔は、こちらを向いていない。
横を向き、視線は画面の外へ流れている。
肖像画で正面を避けるのは、一つの選択である。
正面を向けば、絵と見る人が向き合う関係になる。
横を向けば、見る人は一方的に眺める立場になる。
後者では、人物は「見られる姿」として提示される。
白い衣の質感を見せたいなら、この向きのほうが都合がよい。
顔が主張しすぎず、布に目が行くからである。
そう考えると、この絵の主題は人物というより衣かもしれない。
もっとも、そこまで割り切って作られたとは限らない。