同じ宿場が、三度出てくる——歌川広重の東海道
小さいほうの金谷

同じ渡し場だが、視点がまったく違う。
手前に、渡しを待つ人の群れが密集する。荷物、駕籠、馬が入り混じる。
赤や青の衣が細かく置かれ、画面の下半分が賑やかになる。人の数は数十人にのぼる。
対岸は横一線の帯になり、その上に低い山が薄く並ぶ。空は黄色く、余白が広い。
こちらにも狂歌が入る。左上に叢書の名と宿場名の枠がある。
川の水は、ほとんど描かれていない。人の列と砂の色が画面を占める。
浅瀬の位置に、木で組んだ枠のようなものが見える。流れを弱めるための工作物であろう。
大井川には橋が架けられていなかったと伝えられる。だから人は担がれて渡る。
その事情が、この賑わいを作っている。渡しは仕事の場でもあった。
遠くから見るか、近くで見るか
金谷の二枚は、同じ場所の別の距離である。
大きいほうは川の全体を見せる。地形が主役で、人は列としてしか描かれない。
小さいほうは渡し場の手前に立つ。人の顔や荷の形が見える距離である。
どちらが正しいということはない。組物として五十三枚を作るとき、同じ距離ばかりでは飽きる。
だから作り直しのたびに、距離を変える。同じ宿場を二度描くのは、繰り返しではなく更新である。
見方を変えれば、同じ場所を二度売ることでもある。すでに一組持っている人にも、別の組が売れる。
商売としては合理的である。そして結果として、一つの宿場に複数の姿が残った。
いま私たちは、その両方を並べて見られる。当時の買い手は、たいてい片方しか持っていない。

三つ目の組は戸塚である。日本橋から数えて五番目の宿場にあたる。
小さいほうでは、丘の上に松が数本立つ。幹は右へ傾き、枝は横に広がる。
松のあいだから、遠くの海と山が見える。海は細い帯で、青が一段だけ濃い。
道は坂になっていて、荷を担いだ人が下ってくる。人は小さく、松のほうが大きい。
上部には狂歌が二首分ほど書き込まれる。文字の量は、金谷の一枚より多い。
松の描き方に注意したい。幹は輪郭線で描かれ、葉はまとまりごとに置かれる。
一本ずつ葉を描くのではなく、群れとして摺る。版画に向いた省き方である。
丘の緑には、濃淡が二段ある。手前が濃く、奥が薄い。版を重ねる回数が違う。

大きいほうの戸塚は、また別の組物に属する。
画面の右に、雪をかぶった富士が出る。裾は赤みを帯び、遠く低い。
左には太い松が何本も立ち、幹が画面を縦に区切る。松の下を、馬と人が通る。
赤い枠の中に、叢書の名と番号と宿場名が入る。番号が付くのは、この組の特徴である。
同じ戸塚でも、こちらは富士が主役になっている。小さいほうに富士は出てこない。
宿場の順番でいえば、戸塚は日本橋から遠くない。富士が見える位置ではある。
ただし、見えるかどうかと、描くかどうかは別である。組ごとに、何を見せるかが決まっている。
番号が振られているのも、この組の性格を示す。順に集めることを前提にした作りである。
数字が入れば、欠けが分かる。買う側にとっては、そろえたくなる仕掛けでもある。
文字が入る位置
中判の五点には、どれも狂歌が入る。
入る位置は決まっている。空か、遠景の上である。地面や人物の上には置かれない。
つまり、絵の側であらかじめ余白を作っている。文字のための場所が設計されている。
大判の三点には狂歌がない。かわりに空が広く使われ、色の変化が入る。
同じ余白でも、使い道が違う。片方は文字を置き、片方は光を置く。
三つの組が、混ざっている
ここまでで、九点が三つの組に分かれることが分かる。
一つは、大判で天気や地形を主題にした組である。庄野と金谷の大きいほうがこれにあたる。
一つは、中判で狂歌の入る組である。庄野、金谷、戸塚、荒井、京の小さいほうがこれにあたる。
もう一つは、大判で番号の入る組である。九点のうち一点だけが属する。
館の題は、この区別をあまり書かない。多くは宿場名だけで終わる。
だから、記録の一覧を上から読んでも、組の違いは見えてこない。画像を並べて初めて分かる。
叢書の名がどこに書かれるかは、叢書の名が、一枚にしかない——歌川広重の東海道でも見た。
ここで注意したいのは、絵の中には枠と名が摺り込まれている点である。紙の上には情報がある。
その情報が、記録の欄には移されていない。読み取るには、絵そのものを見るしかない。