画家を知る

同じ宿場が、三度出てくる——歌川広重の東海道

小さいほうの金谷

金谷
歌川広重《金谷》1838年ごろ。木版、紙に墨と色。館の記録では、縦21.6センチ、横16.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1914年。歌川広重《金谷》メトロポリタン美術館蔵

同じ渡し場だが、視点がまったく違う。

手前に、渡しを待つ人の群れが密集する。荷物、駕籠、馬が入り混じる。

赤や青の衣が細かく置かれ、画面の下半分が賑やかになる。人の数は数十人にのぼる。

対岸は横一線の帯になり、その上に低い山が薄く並ぶ。空は黄色く、余白が広い。

こちらにも狂歌が入る。左上に叢書の名と宿場名の枠がある。

川の水は、ほとんど描かれていない。人の列と砂の色が画面を占める。

浅瀬の位置に、木で組んだ枠のようなものが見える。流れを弱めるための工作物であろう。

大井川には橋が架けられていなかったと伝えられる。だから人は担がれて渡る。

その事情が、この賑わいを作っている。渡しは仕事の場でもあった。

遠くから見るか、近くで見るか

金谷の二枚は、同じ場所の別の距離である。

大きいほうは川の全体を見せる。地形が主役で、人は列としてしか描かれない。

小さいほうは渡し場の手前に立つ。人の顔や荷の形が見える距離である。

どちらが正しいということはない。組物として五十三枚を作るとき、同じ距離ばかりでは飽きる。

だから作り直しのたびに、距離を変える。同じ宿場を二度描くのは、繰り返しではなく更新である。

見方を変えれば、同じ場所を二度売ることでもある。すでに一組持っている人にも、別の組が売れる。

商売としては合理的である。そして結果として、一つの宿場に複数の姿が残った。

いま私たちは、その両方を並べて見られる。当時の買い手は、たいてい片方しか持っていない。

戸塚
歌川広重《戸塚》1838年ごろ。木版、紙に墨と色。館の記録では、縦21.6センチ、横16.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1914年。歌川広重《戸塚》メトロポリタン美術館蔵

三つ目の組は戸塚である。日本橋から数えて五番目の宿場にあたる。

小さいほうでは、丘の上に松が数本立つ。幹は右へ傾き、枝は横に広がる。

松のあいだから、遠くの海と山が見える。海は細い帯で、青が一段だけ濃い。

道は坂になっていて、荷を担いだ人が下ってくる。人は小さく、松のほうが大きい。

上部には狂歌が二首分ほど書き込まれる。文字の量は、金谷の一枚より多い。

松の描き方に注意したい。幹は輪郭線で描かれ、葉はまとまりごとに置かれる。

一本ずつ葉を描くのではなく、群れとして摺る。版画に向いた省き方である。

丘の緑には、濃淡が二段ある。手前が濃く、奥が薄い。版を重ねる回数が違う。

戸塚
歌川広重《戸塚》1840年ごろ。木版、紙に墨と色。館の記録では、全体で縦22.2センチ、横34.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。フランシス・ラスロップ・コレクション、フレデリック・C・ヒューイット基金による購入、1911年。歌川広重《戸塚》メトロポリタン美術館蔵

大きいほうの戸塚は、また別の組物に属する。

画面の右に、雪をかぶった富士が出る。裾は赤みを帯び、遠く低い。

左には太い松が何本も立ち、幹が画面を縦に区切る。松の下を、馬と人が通る。

赤い枠の中に、叢書の名と番号と宿場名が入る。番号が付くのは、この組の特徴である。

同じ戸塚でも、こちらは富士が主役になっている。小さいほうに富士は出てこない。

宿場の順番でいえば、戸塚は日本橋から遠くない。富士が見える位置ではある。

ただし、見えるかどうかと、描くかどうかは別である。組ごとに、何を見せるかが決まっている。

番号が振られているのも、この組の性格を示す。順に集めることを前提にした作りである。

数字が入れば、欠けが分かる。買う側にとっては、そろえたくなる仕掛けでもある。

文字が入る位置

中判の五点には、どれも狂歌が入る。

入る位置は決まっている。空か、遠景の上である。地面や人物の上には置かれない。

つまり、絵の側であらかじめ余白を作っている。文字のための場所が設計されている。

大判の三点には狂歌がない。かわりに空が広く使われ、色の変化が入る。

同じ余白でも、使い道が違う。片方は文字を置き、片方は光を置く。

三つの組が、混ざっている

ここまでで、九点が三つの組に分かれることが分かる。

一つは、大判で天気や地形を主題にした組である。庄野と金谷の大きいほうがこれにあたる。

一つは、中判で狂歌の入る組である。庄野、金谷、戸塚、荒井、京の小さいほうがこれにあたる。

もう一つは、大判で番号の入る組である。九点のうち一点だけが属する。

館の題は、この区別をあまり書かない。多くは宿場名だけで終わる。

だから、記録の一覧を上から読んでも、組の違いは見えてこない。画像を並べて初めて分かる。

叢書の名がどこに書かれるかは、叢書の名が、一枚にしかない——歌川広重の東海道でも見た。

ここで注意したいのは、絵の中には枠と名が摺り込まれている点である。紙の上には情報がある。

その情報が、記録の欄には移されていない。読み取るには、絵そのものを見るしかない。