百枚のうち、六枚しかない——葛飾北斎の百人一首
山の頂が、赤い
六点のうち二点で、遠くの山の頂が赤く摺られる。
朝焼けか夕焼けかは分からない。ただ、同じ手が二度使われている。
版画では、同じ版と同じ色を使い回すことがある。組物ならなおさらである。
色を揃えれば、並べたときに一つの組に見える。統一感が出る。
こうした細部の反復は、組物の設計の一部である。
枠の位置も揃っている。六点とも、右上に置かれる。
枠の形は縦長の長方形で、上端に模様が入る。組の目印になる。
並べたとき、目は同じ位置へ行く。読む場所が決まっている。
こうした約束事が、ばらばらの画面を一つの組に見せている。

画面の中央に、大きな牛車がある。
車輪は二つで、輻が細かく描かれる。車の側面は赤と黒で飾られる。
車の中と周りに、人が集まる。装束を着た人物が七人ほどいる。
右には、旗のような細長い布を持つ人がいる。
上部の木から、桜の花びらが散る。小さな点が空を舞う。
地面は黄土色で、車の影が薄く落ちる。
空は青く、上端が濃い。日中の場面である。
九点のなかで、最も人物の装束が細かい一点である。
桜が、二度出る
六点のうち二点に、桜らしい花が描かれる。
一点は空に散る花びら、一点は枝に咲く花である。
季節を示す道具として、桜は使いやすい。誰にでも分かる。
歌にも桜を詠むものが多い。絵と歌が、季節でつながる。
もっとも、花の種類は画像だけでは断定できない。桃や梅の可能性も残る。
摺りの回数
この組の画面は、色数が多い。
空の上端を濃く、下を薄くするぼかしが使われる。これには専用の摺りが要る。
花びらのような小さな形も、版を分けて摺る。
一枚あたりの手間は、大きい。だから値も高くなる。
高い商品が途中で止まるのは、珍しいことではない。
安い商品なら、多少売れなくても続けられる。高いものはそうはいかない。
版元は、売れ行きを見ながら次を出す。数枚で判断がつく。
百枚という計画は、はじめから危うい。全部そろえる客が何人いるかは分からない。
それでも計画として立てるところに、当時の出版の勢いがある。

画面の左に、板葺きの建物がある。屋根が低く、軒が長い。
その右に、高い塀が続く。縦の板が並び、上端が水平に切られる。
塀の手前に、人が五人ほどいる。座る者、立つ者が混じる。
左上には、桜の木が枝を広げる。花は淡い桃色である。
その根元に、装束の人物が一人座る。歌人の姿かもしれない。
奥は水で、青の帯が横に伸びる。上端が赤く染まる。
右上の枠に、歌と名が入る。
塀という直線が、画面を大きく二つに分ける。構図が明快である。
塀の板は、一枚ずつ縦の線で示される。線の間隔は一定に近い。
こうした反復は、版画に向いている。彫る手間はかかるが、摺れば正確に出る。
手描きでは揺れる線が、版木では揃う。技法の性質が画面に出ている。

画面の中央を、細い道が斜めに走る。
その道を、人が三人歩く。天秤棒を担ぎ、荷を運ぶ。
道の左には、屋根の低い建物がある。中で人が働く。
手前には、大きな籠がいくつも置かれる。青と白の縞模様である。
奥は広い野で、川が曲がりながら伸びる。灰色に近い色である。
野の上には、小さな人影が点々と並ぶ。
右上の枠に、歌と名が入る。
九点のなかで、最も奥行きの深い画面である。手前から地平まで続く。
受入の年が、二つに分かれる
六点の受入を見ると、四点が1914年、二点が1922年である。
八年の差がある。番号の体系も違う。
つまり、この組は一度にそろって館に入ったのではない。分けて集められた。
途中で止まった組を、あとから買い足していく。館の側でも、そろえる作業が続いていたことになる。
未完の組を集めるのは、完結した組を集めるより難しい。何枚あるのかが決まらない。

高い位置から見下ろす構図である。
画面の右に、大きな屋根が二つ重なる。瓦の並びが青灰色で描かれる。
屋根の上に、人が二人いる。何かを持ち、作業をしている。
その下の建物の中にも、人が数人見える。座って話している。
左には水路と田が広がる。細い橋が架かる。
手前に、桃色の花が咲く枝がある。
遠景には、青い水面と低い山が並ぶ。
屋根を斜め上から見せる構図は、この組でよく使われる。視点の高さが特徴である。
人の数を数える
六点に描かれた人の数を数えてみる。
少ない画面で五人、多い画面で十人を超える。
一人だけを大きく描いた画面は、六点のなかにない。
つまりこの組は、人物画ではない。場面を描く組である。
歌人の肖像を並べる百人一首の絵も昔からあった。この組は、その型を採らなかった。
高い視点
六点のうち四点で、視点が高い。
地面より上から見下ろす。人物は上から捉えられる。
高い視点は、広い範囲を一枚に入れるのに向く。手前と奥を同時に見せられる。
歌の一首を、暮らしの広がりに置き換えるには、この視点が便利である。
同じ絵師の代表作にも、高い視点の画面が多い。組物の設計に共通する癖である。