作品を知る

百枚のうち、六枚しかない——葛飾北斎の百人一首

山の頂が、赤い

六点のうち二点で、遠くの山の頂が赤く摺られる。

朝焼けか夕焼けかは分からない。ただ、同じ手が二度使われている。

版画では、同じ版と同じ色を使い回すことがある。組物ならなおさらである。

色を揃えれば、並べたときに一つの組に見える。統一感が出る。

こうした細部の反復は、組物の設計の一部である。

枠の位置も揃っている。六点とも、右上に置かれる。

枠の形は縦長の長方形で、上端に模様が入る。組の目印になる。

並べたとき、目は同じ位置へ行く。読む場所が決まっている。

こうした約束事が、ばらばらの画面を一つの組に見せている。

菅家(百人一首うばがゑとき)
葛飾北斎《菅家(百人一首うばがゑとき)》1839年ごろ。木版、紙に墨と色。館の記録では、縦25.4センチ、横37.1センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1914年。葛飾北斎《菅家(百人一首うばがゑとき)》メトロポリタン美術館蔵

画面の中央に、大きな牛車がある。

車輪は二つで、輻が細かく描かれる。車の側面は赤と黒で飾られる。

車の中と周りに、人が集まる。装束を着た人物が七人ほどいる。

右には、旗のような細長い布を持つ人がいる。

上部の木から、桜の花びらが散る。小さな点が空を舞う。

地面は黄土色で、車の影が薄く落ちる。

空は青く、上端が濃い。日中の場面である。

九点のなかで、最も人物の装束が細かい一点である。

桜が、二度出る

六点のうち二点に、桜らしい花が描かれる。

一点は空に散る花びら、一点は枝に咲く花である。

季節を示す道具として、桜は使いやすい。誰にでも分かる。

歌にも桜を詠むものが多い。絵と歌が、季節でつながる。

もっとも、花の種類は画像だけでは断定できない。桃や梅の可能性も残る。

摺りの回数

この組の画面は、色数が多い。

空の上端を濃く、下を薄くするぼかしが使われる。これには専用の摺りが要る。

花びらのような小さな形も、版を分けて摺る。

一枚あたりの手間は、大きい。だから値も高くなる。

高い商品が途中で止まるのは、珍しいことではない。

安い商品なら、多少売れなくても続けられる。高いものはそうはいかない。

版元は、売れ行きを見ながら次を出す。数枚で判断がつく。

百枚という計画は、はじめから危うい。全部そろえる客が何人いるかは分からない。

それでも計画として立てるところに、当時の出版の勢いがある。

大中臣能宣朝臣(百人一首うばがゑとき)
葛飾北斎《大中臣能宣朝臣(百人一首うばがゑとき)》1839年。木版、紙に墨と色。館の記録では、縦25.4センチ、横35.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1914年。葛飾北斎《大中臣能宣朝臣(百人一首うばがゑとき)》メトロポリタン美術館蔵

画面の左に、板葺きの建物がある。屋根が低く、軒が長い。

その右に、高い塀が続く。縦の板が並び、上端が水平に切られる。

塀の手前に、人が五人ほどいる。座る者、立つ者が混じる。

左上には、桜の木が枝を広げる。花は淡い桃色である。

その根元に、装束の人物が一人座る。歌人の姿かもしれない。

奥は水で、青の帯が横に伸びる。上端が赤く染まる。

右上の枠に、歌と名が入る。

塀という直線が、画面を大きく二つに分ける。構図が明快である。

塀の板は、一枚ずつ縦の線で示される。線の間隔は一定に近い。

こうした反復は、版画に向いている。彫る手間はかかるが、摺れば正確に出る。

手描きでは揺れる線が、版木では揃う。技法の性質が画面に出ている。

藤原道信朝臣(百人一首うばがゑとき)
葛飾北斎《藤原道信朝臣(百人一首うばがゑとき)》1839年。木版、紙に墨と色。館の記録では、縦25.2センチ、横36.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1922年。葛飾北斎《藤原道信朝臣(百人一首うばがゑとき)》メトロポリタン美術館蔵

画面の中央を、細い道が斜めに走る。

その道を、人が三人歩く。天秤棒を担ぎ、荷を運ぶ。

道の左には、屋根の低い建物がある。中で人が働く。

手前には、大きな籠がいくつも置かれる。青と白の縞模様である。

奥は広い野で、川が曲がりながら伸びる。灰色に近い色である。

野の上には、小さな人影が点々と並ぶ。

右上の枠に、歌と名が入る。

九点のなかで、最も奥行きの深い画面である。手前から地平まで続く。

受入の年が、二つに分かれる

六点の受入を見ると、四点が1914年、二点が1922年である。

八年の差がある。番号の体系も違う。

つまり、この組は一度にそろって館に入ったのではない。分けて集められた。

途中で止まった組を、あとから買い足していく。館の側でも、そろえる作業が続いていたことになる。

未完の組を集めるのは、完結した組を集めるより難しい。何枚あるのかが決まらない。

伊勢(百人一首うばがゑとき)
葛飾北斎《伊勢(百人一首うばがゑとき)》1839年。木版、紙に墨と色。館の記録では、縦25.2センチ、横36.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1922年。葛飾北斎《伊勢(百人一首うばがゑとき)》メトロポリタン美術館蔵

高い位置から見下ろす構図である。

画面の右に、大きな屋根が二つ重なる。瓦の並びが青灰色で描かれる。

屋根の上に、人が二人いる。何かを持ち、作業をしている。

その下の建物の中にも、人が数人見える。座って話している。

左には水路と田が広がる。細い橋が架かる。

手前に、桃色の花が咲く枝がある。

遠景には、青い水面と低い山が並ぶ。

屋根を斜め上から見せる構図は、この組でよく使われる。視点の高さが特徴である。

人の数を数える

六点に描かれた人の数を数えてみる。

少ない画面で五人、多い画面で十人を超える。

一人だけを大きく描いた画面は、六点のなかにない。

つまりこの組は、人物画ではない。場面を描く組である。

歌人の肖像を並べる百人一首の絵も昔からあった。この組は、その型を採らなかった。

高い視点

六点のうち四点で、視点が高い。

地面より上から見下ろす。人物は上から捉えられる。

高い視点は、広い範囲を一枚に入れるのに向く。手前と奥を同時に見せられる。

歌の一首を、暮らしの広がりに置き換えるには、この視点が便利である。

同じ絵師の代表作にも、高い視点の画面が多い。組物の設計に共通する癖である。