百枚のうち、六枚しかない——葛飾北斎の百人一首

ここから三点は、別の組物である。
縦に長い判型で、縦は横の二倍以上ある。
画面の中央を、白い滝が上から下まで落ちる。細い線が何本も並ぶ。
滝の左には、黒い岩肌がある。右には黄土色の崖が立つ。
崖の上に、松が斜めに生える。赤い幹が印象的である。
滝の下、左寄りに人物が三人いる。一人は赤い衣で、上を見上げる。
上部には、青い空と山が見える。
人物が小さく、滝が大きい。自然と人の大きさの差が、そのまま画面になる。
滝という主題
同じ絵師には、各地の滝を集めた組物もある。
滝は、縦長の判型に合う。上から下への動きが、そのまま画面になる。
水の白は、紙の白を残して作る。線を彫り残し、周りを摺る。
この一点でも、白い筋が何本も並ぶ。一本ずつ幅が違う。
彫りの精度が、そのまま水の見え方になっている。
同じころに、複数の組
この一点は、1832年ごろとされる。百人一首の組より七年ほど早い。
つまり、この絵師はいくつもの組物を並行して、あるいは続けて手がけていた。
有名な富士の組も、同じころに出ている。
一つの組が終わらないうちに、次の組が始まる。版元が違えば、別々に進む。
組の名が題に入るかどうかについては、組物の名が、題にあるか——葛飾北斎の版画と画帖でも扱った。

雪の景色である。
画面の中央に、雪をかぶった木立がある。枝の上に白が厚く積もる。
その右に、雪に埋もれた家がある。屋根だけが見える。
手前は水で、青が濃い。舟が一艘、右から左へ進む。
舟には人が乗り、竿を差す。
対岸には、雪の野が広がる。人影が小さく並ぶ。
空の上端は青く、下は薄い。冬の光である。
右上の枠には、組の名と場所の名が入る。
三つの主題を、三枚で
この組の名は、雪と月と花を並べたものである。
三つの言葉は、日本の詩歌で古くから対にされてきた。
三つあるのだから、組は三枚で完結する。百枚の組とは事情が違う。
三枚なら、そろえるのは難しくない。買う側の負担も軽い。
組物には、こうした小さな単位もある。長い組だけではない。

九点の最後は、組の名が題に入らない一点である。
縦に長い判型で、滝の一点と同じ大きさである。
画面の中央に、鶴が二羽いる。手前の一羽は羽を広げる。
羽の一枚ずつに、細い線が入る。白と灰で摺り分けられる。
上部から、松の枝が垂れる。針状の葉が束になる。
枝の上には、雪が厚く載る。白い塊として摺られる。
背景は薄い灰色で、上端が暗い。
下部には、低い草が茂る。緑が濃い。
鶴の首と脚が、細い線で伸びる。画面を縦に貫く形になっている。
縦長の二点
九点のうち二点は、縦に長い。
縦51.8センチ、横23センチ前後。細長い紙である。
この形は、画面の使い方を決めてしまう。上下に長いものが向く。
滝、松、鶴、掛け軸のような構図。九点の二点も、まさにそうなっている。
判型が主題を選ぶ、という言い方もできる。紙の形が先にある。
組に属さない一枚
この一点の題には、組の名が入らない。
一枚で売られた絵かもしれないし、組の一枚で名が伝わっていないだけかもしれない。
館の記録も、組の名を書いていない。分からないものは書かない。
九点のうち、組の名が入るのは八点である。残る一点だけが単独になる。
題の情報量が違えば、探し方も変わる。組の名で探すと、この一点は出てこない。
三つの受入の経路
九点全体の受入を見ておく。
百人一首の六点は、1914年と1922年に同じ基金で購入されている。
残る三点は、1911年、1939年、1975年である。それぞれ別の経路をたどる。
一点は個人の蒐集からの購入、一点は遺贈、一点は寄贈と購入の組み合わせである。
同じ絵師の版画でも、館に入る道は六十年以上にわたって分かれている。
未完のまま、残る
百枚の計画が三十枚に満たずに止まった。
その事実は、残った紙からは分からない。一枚ずつ見れば、完成した版画である。
分かるのは、記録と研究の積み重ねによってである。何番の歌までが出ているかを数えた人がいる。
当サイトの記録にも、その情報は入っていない。題に歌人の名が入るだけである。
だから、未完であることに気づくには、外の知識が要る。画像と記録だけでは足りない。
見えないものを、書かない
当サイトの記録には、組の完結の有無は入っていない。
何枚出たのか、何枚が計画されたのかは、館の記録の外にある。
本文でそれに触れるときは、伝えられる、と書いた。確かめた事実と区別するためである。
画像から言えるのは、六点の枠が揃っていること、色の使い方が近いことである。
そこから先は、外の知識に頼ることになる。頼ったことは、はっきり書いておきたい。
六枚を並べて分かること
それでも、六枚を並べれば見えるものがある。
大きさが揃い、枠の位置が揃い、色の使い方が揃う。組として設計されている。
歌の内容と画面の距離も、六枚に共通する。人が働き、季節が入り、視点が高い。
その設計が百枚ぶん続くはずだった。続かなかったから、六枚は断片のままである。
断片であることは、価値を下げない。むしろ、計画の大きさを想像させる。








