画家を知る

散らかった家を、丁寧に描く——ヤン・ステーン

酒がこぼれ、樽が転がり、犬が卓の肉を狙う。描かれている場面は乱れているのに、絵そのものは少しも乱れていない。「ヤン・ステーンの家」と呼ばれた散らかりを、丁寧に描いた六点を見ていく。床に落ちた紙一枚まで、きちんと描かれている。

踊る男女
ヤン・ステーン《踊る男女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

屋外で、人が踊っている

一枚の絵から始めたい。

踊る男女
ヤン・ステーン《踊る男女》1663年。油彩・画布。縦102.5センチ、横142.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヤン・ステーン《踊る男女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

屋外である。ぶどう棚の下に、人が集まっている。

画面の中央で、男女が踊っている。

男は片足を上げ、女は裾をつまんでいる。

その周りに、二十人近い人物がいる。

左側には長い卓があり、人が座って飲んでいる。

奥では、笛と弦楽器を持った者が演奏している。

右手前には、子どもがしゃがんでいる。

その足元に、割れた卵の殻が転がっている。

さらに右には、酒樽が横倒しになっている。

上のほうに目をやると、棚の上に人が座っている。

ずいぶん賑やかな絵である。

そして、よく見るほど細かい。

散らかっているのに、整っている

この絵の面白さは、二重になっている。

描かれている場面は、乱れている。

酒がこぼれ、樽が転がり、人が騒いでいる。

ところが、絵そのものは乱れていない。

人物は重ならないように配置されている。

明るい部分と暗い部分が、交互に並ぶ。

中央の踊る二人だけが、白い光を受けている。

その左右に、暗い人だかりが置かれる。

つまり、目が迷わないように作られている。

騒ぎを描くのに、構図は整然としている。

この矛盾が、ヤン・ステーンの絵の核心だと思う。

画家について

ヤン・ステーンについて、記録から分かることを書く。

十七世紀のオランダで働いた画家である。

生年は1626年ごろ、没年は1679年とされる。

ライデンに生まれ、各地で働いたと伝えられる。

醸造所を営んだ時期があるとも言われる。

宿屋の経営に関わったという記録もある。

このあたりの逸話は、後世の伝記に由来する部分が大きい。

どこまでが事実かは、慎重に扱う必要がある。

ただ、彼が飲食の場を描き続けたのは事実である。

宿、居酒屋、祝いの席、家の中の騒ぎ。

同時代の画家の中でも、この主題の比重が高い。

作品数も多く、四百点以上が知られていると言われる。

その多くが、人の集まる場面を描いている。

一人の画家がこれだけ同じ方向を掘り続けた例は、そう多くない。

「ヤン・ステーンの家」

オランダ語に、こういう言い回しがある。

「ヤン・ステーンの家のようだ」。

散らかった家、しまりのない家庭を指す表現である。

画家の名前が、そのまま状態の名前になった。

これは珍しいことだ。

もっとも、この言い回しがいつ生まれたかは定かでない。

画家の生前からあったのか、後世に広まったのかは分からない。

いずれにせよ、彼の絵の印象がそれだけ強かったということである。

そして、その印象の元になった一枚が、次の絵である。

しまりのない家
ヤン・ステーン《しまりのない家》1663年から64年ごろ。油彩・画布。縦108センチ、横90.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヤン・ステーン《しまりのない家》メトロポリタン美術館蔵

室内である。中央に卓があり、食事の途中に見える。

椅子に座った女が、こちらを見ている。

その手には、大きなグラスがある。

左側の男は、女に酒を勧めるような身ぶりをしている。

右奥には、年配の女が立っている。

床には物が散らばっている。

楽器、紙、パン、家禽。

さらに右下では、犬が卓の上の肉に鼻を伸ばしている。

猫もいる。左下の暗がりに丸くなっている。

そして天井を見上げると、籠が吊るされている。

籠の中には、松葉杖と鞭のようなものが入っている。

これは、警告である。

絵の中の説教

十七世紀オランダの風俗画には、しばしば教訓が仕込まれている。

放蕩の末に貧しくなる、という筋書きである。

天井の籠は、その行き着く先を示す道具立てとされる。

松葉杖は病と貧しさを、鞭は罰を意味すると説明される。

床に落ちた物も、同じ役割を果たす。

紙は無駄になった契約や証文と読まれることがある。

食べ物が犬に取られるのは、家の管理の失敗である。

つまりこの絵は、笑いながら叱っている。

ただし、注意しておきたいことがある。

こうした読み解きは、後世の研究が整理したものである。

当時の見る人が、同じように読んだとは限らない。

単に面白い場面として楽しんだ人もいただろう。

教訓と娯楽は、たいてい同居している。

誰が、こういう絵を買ったのか

十七世紀のオランダでは、絵が市民の家に大量に入っていた。

同時代の旅行者の記録には、職人の家にまで絵が掛かっていたと書かれている。

宮廷や教会が買い手の中心だった他国とは、事情がかなり違う。

買い手が市民なら、主題も市民の関心に寄っていく。

聖書の場面や神話よりも、宿の騒ぎや家の中の出来事が求められた。

風俗画という分野がこれほど育ったのは、その市場があったからである。

つまりステーンの絵は、需要に応えて作られた商品でもあった。

そのことは、絵の価値を下げるものではないと当方は考える。

注文があり、締め切りがあり、値段がある。その条件の中で腕が競われた。

むしろ、条件が厳しいほど工夫は細かくなる。

床に落ちた紙一枚の描写にまで手が入るのは、そういう競争の結果だろう。

画面の中の視線

もう一つ、この画家の癖を挙げておきたい。

登場人物の誰かが、しばしばこちらを見ている。

《しまりのない家》では、グラスを持った女が正面を向いている。

《恋わずらいの娘》では、後ろに立つ男がこちらへ目を向ける。

《テラスの陽気な仲間》でも、卓の手前の女が視線を投げてくる。

この視線は、絵の中と外をつなぐ役割を果たす。

見ている私たちが、その場に引き入れられる仕掛けである。

同時に、少し落ち着かない気分にもなる。

騒ぎを外から眺めていたつもりが、参加者として扱われるからだ。

叱られる側に回された、と言ってもいい。

この居心地の悪さは、たぶん狙って作られている。