画家を知る

四センチの肖像と、波止場の群像——ジョン・カーリン

四センチの肖像

四点目は、非常に小さい。

婦人の肖像
ジョン・カーリン《婦人の肖像》1850年ごろ。水彩・象牙。縦4.1センチ、横3.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。グロリア・マニー寄贈、2006年。この作品は色のない画像で公開されている。ジョン・カーリン《婦人の肖像》メトロポリタン美術館蔵

縦4.1センチ。

親指の先ほどの大きさである。

楕円形の縁の中に、年配の女性の顔がある。

髪は巻いて、額の両側に垂れる。

その上に、レースの被り物がかかる。

首元には、白い襟布が重なる。

衣は暗い色である。

口元はわずかに笑み、目はこちらを見る。

縁には、留め具のような金具が見える。

身に着ける肖像

縁の金具に注目したい。

裏に、留め針が付いていたと考えられる。

つまり、これは飾り物として身に着けるものである。

胸に留め、衣の上に見せる。

あるいは、鎖でつないで首から下げる。

肖像を、持ち歩く。

当サイトの
手のひらに、顔を持ち歩くでも、この主題を扱った。

小さいことには、意味がある。

顔を、四センチに収める

四センチの中に、顔を描く。

顔そのものは、二センチほどしかない。

目は、数ミリである。

その中に、黒目と白目を描き分ける。

まつ毛や、まぶたの線も入る。

筆は、髪の毛ほどの太さである。

拡大鏡を使って描いたと考えられている。

一筆の失敗が、そのまま作品を壊す。

やり直しがきかない仕事である。

少女と、人形

五点目は、額に入っている。

フローリン・ターナー
ジョン・カーリン《フローリン・ターナー》1845年。水彩・象牙。縦10.1センチ、横7.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。デイル・T・ジョンソン基金、2006年購入。ジョン・カーリン《フローリン・ターナー》メトロポリタン美術館蔵

木目の美しい額に、四角い画面が収まる。

額の材は、鳥眼杢と呼ばれる模様のある木だろう。

画面には、白い衣の少女が立つ。

胸元に、青いリボンがある。

右手には、赤みのある何かを持つ。

足元には、白い犬が伏せている。

背景は屋外で、緑の木立と水面が見える。

上部には、赤い布が垂れる。

床は、青緑の敷物である。

四角い画面

細密画には、楕円形が多い。

しかし、この一点は四角い。

理由は、構図にある。

立ち姿を全身で描くには、縦の空間が要る。

楕円だと、上下が狭くなる。

四角なら、頭から足まで入る。

つまり、画面の形は主題によって選ばれる。

顔だけなら楕円、全身なら四角。

そういう使い分けがあった。

犬という添え物

足元の犬に触れておきたい。

子どもの肖像に、動物を添える例は多い。

犬、猫、小鳥、兎。

理由は、いくつかある。

まず、子どもの世界を示す。

次に、画面の下部を埋める。

そして、忠誠や無邪気さの徴とされる。

もっとも、実際に飼っていた動物である可能性も高い。

意味を読む前に、事実を疑うほうがよい。

顔料と、水の量

細密画の絵具は、水彩である。

顔料を膠などで練り、水で溶いて使う。

象牙の面は、水を弾く。

だから、そのままでは絵具が乗らない。

面を細かく荒らし、絵具が食いつくようにする。

そして、点を並べるように塗る。

面で塗るのではなく、細かい点や線を重ねる。

拡大すると、その粒が見える。

写真の網点にも似た作りである。

離れて見れば、なめらかな肌に見える。

男性の小さな肖像

六点目も、極小である。

紳士の肖像
ジョン・カーリン《紳士の肖像》1854年。水彩・象牙。縦4センチ、横3センチ。メトロポリタン美術館蔵。グロリア・マニー寄贈、2006年。この作品は色のない画像で公開されている。ジョン・カーリン《紳士の肖像》メトロポリタン美術館蔵

金属の枠に収まった、楕円形の画面である。

枠の縁には、細かい粒の飾りが並ぶ。

中には、中年の男性の顔がある。

髪は薄く、額が広い。

頬に、細い髭が伸びる。

首には、黒い襟巻きを巻く。

上着は黒で、白い襟が見える。

顔はやや左を向き、目はこちらへ向く。

背景は薄い灰色である。

対になる肖像

四点目と六点目は、大きさがほぼ同じである。

縦4.1センチと4センチ。

そして、いずれも同じ寄贈者から館に入っている。

年代は、一八五〇年ごろと一八五四年。

対の可能性もあるが、館は別々に登録している。

同じ画家が、同じ寸法で描いた小品が複数ある。

つまり、規格として決まっていた。

枠や箱も、既製のものが使われた。

その規格に合わせて、画面の大きさが決まる。

二〇〇六年の受け入れ

四点目と六点目は、二〇〇六年に館へ入っている。

一方は寄贈、他方は基金による購入である。

つまり、比較的新しい収蔵品である。

細密画は、二十世紀の後半から再評価が進んだ。

写真以前の肖像の歴史を語る資料として、重要になったからである。

美術館が体系的に集めるようになったのも、その流れによる。

同じ寄贈者の名が、複数の作品に付いている。

一人の収集が、館の一分野を支えている。

枠の縁の細工

六点目の枠には、細かい粒の飾りが並ぶ。

金属を打ち出して作った縁である。

こうした枠は、専門の職人が作った。

つまり、細密画は複数の職種の共同作業である。

象牙を薄く挽く職人。

絵を描く画家。

枠を作る金工。

箱を作る革の職人。

一枚の小さな肖像に、四つの技術が関わっている。

画家だけの作品ではない。

白黒の画像で見る

四点目と六点目は、色のない画像で公開されている。

古い記録写真とみられる。

細密画では、色が重要な要素である。

肌の透明感、衣の色、背景の調子。

それが分からないのは、惜しい。

一方で、白黒だと形がよく見える。

顔の輪郭、髪の流れ、襟の形。

色に邪魔されずに、造形だけを追える。

制約は、別の見方を開くこともある。