美術史・技法

細判の中の役者——勝川春好と勝川春英

二人が一枚に

四枚目は、人物が二人いる。

義経千本桜の一場面
勝川春好《義経千本桜の一場面》1784年(天明四年)八月か九月。木版多色摺。縦31.6センチ、横14.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。勝川春好《義経千本桜の一場面》メトロポリタン美術館蔵

細い画面に、二人が上下に重なって描かれる。

上に立つ男は、格子柄の衣を着る。

背に大きな桶のようなものを負う。

下にしゃがむ人物は、衣を広げて座る。

顔は上を向き、男を見上げる。

二人の体が、斜めに重なる。

背景には手すりと、屋根の一部が見える。

細判で二人を描くのは、難しい。

横幅がないので、並べられない。

だから、上下に積む。

縦長を、どう使うか

細判の構図には、工夫が要る。

横に広がるものは描けない。

そこで、人物を縦に積むか、斜めに置く。

体を反らせ、裾を長く引く。

上へ伸びる道具を持たせる。

この一枚では、背負った荷が上の空間を埋めている。

下では、座る人物の衣が横へ広がる。

上が細く、下が太い。

三角形に近い構図になっている。

安定して見えるのは、そのためである。

三枚並べて、一つの場面

五枚目は、三枚続きである。

吉原の座敷にて
勝川春好《吉原の座敷にて》1788年ごろ。木版多色摺の三枚続き。台紙の寸法は縦57.8センチ、横69.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。勝川春好《吉原の座敷にて》メトロポリタン美術館蔵

細判が三枚、横に並べて台紙に貼られている。

左の一枚には、立つ男が一人。

中央には、豪華な衣の女性が一人。

右には、扇と丸い盆のようなものを持つ男。

三枚とも、背景は同じ格子の壁である。

床の色も揃っている。

だから、並べると一つの部屋に見える。

しかし、三枚は別々の版木で摺られている。

境目には、紙の継ぎ目がある。

一枚ずつ売り、並べて楽しむ。

そういう商品である。

継ぎ目のある画面

三枚続きの継ぎ目は、隠されない。

紙の端が、そのまま線になる。

現代の目には、不自然に見えるかもしれない。

しかし当時は、これが標準だった。

屏風や襖も、継ぎ目のある画面である。

日本の絵は、分割された面を並べることに慣れていた。

だから、三枚続きも自然に受け入れられた。

継ぎ目を意識した構図も作られる。

中央の一枚に主役を置き、左右で挟む。

この一枚も、その配置になっている。

もう一人の絵師

ここから、春英の作品に移りたい。

三代目坂田半五郎、無法者の役
勝川春英《三代目坂田半五郎、無法者の役》1791年ごろ。木版多色摺。縦32.5センチ、横14.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。勝川春英《三代目坂田半五郎、無法者の役》メトロポリタン美術館蔵

男が、上半身をはだけて立つ。

胸と腹が露わになっている。

腰には格子柄の衣を巻き、脇差を差す。

右手は前へ出し、左手は腰に当てる。

顔は険しく、眉が吊り上がる。

口はへの字に結ばれる。

背後には、竹垣と黄色い柱が見える。

足元には草が生える。

細判の中で、体が斜めに置かれている。

春好と春英の違い

二人の絵を並べると、違いが見えてくる。

春好の線は、整っている。

輪郭は滑らかで、破綻がない。

春英の線は、やや荒い。

顔の造作が誇張され、体の向きが強い。

春好は姿を見せ、春英は勢いを見せる。

そう言い分けることができる。

同じ工房で学んでも、手つきは分かれる。

工房の型は共有しても、癖までは同じにならない。

そこが、絵師を見分ける手がかりになる。

誇張の度合い

春英の顔は、崩れの度合いが大きい。

眉が高く上がり、目が寄る。

口の端が下がり、頬に線が入る。

写楽の顔に近い、と言う人もいる。

年代でいえば、春英のほうが先にこの型を使っている。

写楽の活動は一七九四年から九五年である。

春英の作は一七九一年、九二年、九五年。

つまり、写楽より前から後まで続いている。

写楽については、当サイトの
十か月で消えた絵師で書いた。

崩す描き方は、一人の発明ではない。

版元と改印

浮世絵の隅には、版元の印が入る。

さらに、出版の許可を示す印が押される時期もあった。

これを改印と呼ぶ。

寛政の改革の後、出版の統制が強まった。

そのため、印の有無や形が年代の手がかりになる。

今回の八点のうち、年が月まで特定されているものがある。

天明三年四月、寛政四年八月、寛政七年十一月。

これは、芝居の興行の記録と印を突き合わせた結果だろう。

美術館の記録の背後には、そうした調査がある。

小さな印一つが、年代を確定させる。

顔の似せ方

役者絵は、似顔でなければならない。

しかし、細判の顔は小さい。

縦三十センチの画面で、顔は三センチほどである。

その中で、誰かを分からせる必要がある。

手がかりは、眉の形、鼻筋、口の大きさ。

そして、紋である。

衣に染め抜かれた紋を見れば、役者が分かる。

顔で分からなくても、紋で分かる。

役者絵には、この二重の仕掛けがある。

八点の衣の紋を探してみてほしい。

影響の方向は、決めがたい

では、写楽が春英を見たのか。

その逆か。

あるいは、双方が同じ流行の中にいたのか。

決め手はない。

同じ町で、同じ時期に、同じ主題を描いていた絵師たちである。

互いの絵を見ていたことは、まず間違いない。

しかし、誰が誰に学んだかは、証拠がない。

当方としては、並行して起きた変化と考えている。

役者の顔を強く描く流れが、複数の絵師に同時に現れた。

そう捉えるのが、無理がない。