細判の中の役者——勝川春好と勝川春英
老女を演じる
七枚目は、役柄が特殊である。

白髪の老女が、前かがみで立つ。
背中を丸め、杖にすがる。
衣は緑地に文様が入り、裾が乱れる。
胸元がはだけ、痩せた体が見える。
顔は皺が深く、口が開く。
目は大きく見開かれ、こちらを見ていない。
背後には薄と草が生え、水の流れが描かれる。
背景は灰色で、他の作品より暗い。
美術館の記録は、これを三枚続きの中央の一枚としている。
左右の二枚は、ここにはない。
老いを、どう描くか
老女の役は、歌舞伎の重い役柄である。
若い男の役者が、白髪の老女を演じる。
その姿を、絵師はどう描くか。
春英は、体の線で示している。
丸めた背、細い腕、突き出た肩甲骨。
顔だけでなく、姿勢で老いを描く。
衣の乱れも、その一部である。
きちんと着ていない衣が、生活の崩れを示す。
役者絵としては、美しくない部類に入る。
それでも、こういう絵が作られ、売られた。
灰色の背景
この一枚の背景は、他と違う。
黄色い床ではなく、灰色の面である。
薄と水の線が描かれ、屋外だと分かる。
灰色は、夜や薄闇を示す色として使われた。
安い商品では、背景に色を足す余裕は少ない。
それでも灰色を入れたのは、場面の性格のためだろう。
恐ろしい場面には、暗い地が要る。
同じ細判でも、主題に応じて仕様が変わる。
版元と絵師の相談の跡が、こういう所に出る。
芝居の怖い場面
安達原の物語は、旅人を襲う老女の話として知られる。
歌舞伎でも、繰り返し演じられてきた。
怖い場面は、絵の主題として人気があった。
幽霊、化け物、殺しの場面。
こうした絵は、繰り返し版を重ねる。
役者絵が売れるのは、美しい顔だけではない。
恐ろしい顔も、同じくらい売れた。
芝居見物の楽しみが、そのまま絵の需要になる。
観客が見たい場面を、絵師が選んで描く。
もう一枚の老女
八枚目も、似た役柄である。

白髪の人物が、前かがみで歩く。
背に赤い扇を差している。
衣は薄い緑で、腰に紫の帯を巻く。
裸足で、足の指まで描かれる。
顔は横向きで、口を開ける。
上部には、桜の枝が垂れる。
下には、水の流れを示す線が走る。
こちらも、二枚続きのうちの一枚である。
対になるもう一枚は、ここにはない。
欠けた続き絵
八点のうち、二点が続き絵の一部である。
中央の一枚だけ、右の一枚だけ。
残りの紙は、別の場所にあるか、失われている。
続き絵は、こうしてばらける。
売るときに一枚ずつ扱われ、伝わるうちに離れる。
美術館の記録は、欠けていることを明記している。
だから、私たちも欠落を知ることができる。
完全な姿を想像しながら見るしかない。
見えているのは、場面の一部である。
そのことを忘れないでおきたい。
丸い画面
九枚目は、形が違う。

画面が、団扇の形に切られている。
上が丸く、下に持ち手の切り込みがある。
中には、大勢の子どもが描かれる。
子どもたちは、黄色い柱のようなものを担ぐ。
上には黒い模様の入った大きな丸い物が載る。
祭りの山車である。
子どもたちの顔は、それぞれ違う向きを向く。
泣く子、笑う子、押す子。
灰色の地に、赤や緑が点として散る。
にぎやかな一枚である。
団扇絵という商品
団扇絵は、実用のための版画である。
摺った紙を、竹の骨に貼って団扇にする。
夏の道具だから、消耗品である。
使えば破れ、汚れ、捨てられる。
だから、残っているものが少ない。
美術館にあるのは、貼られなかった紙である。
刷り上がったまま、保管されたものだろう。
用途を果たさなかったから、残った。
これは工芸品によくある逆説である。
使われなかったものが、資料として生き延びる。
役者絵以外の仕事
勝川派は、役者絵の一門として知られる。
しかし、それだけを描いていたわけではない。
祭りの風俗、相撲、武者絵。
団扇や絵本の仕事もあった。
この団扇絵も、その一例である。
工房が続くには、仕事の幅が要る。
芝居の興行がない時期にも、収入が必要だからである。
役者絵は季節商品でもあった。
だから、他の仕事で補う。
一門の実務が、こうした一枚から見えてくる。
二人の絵師の位置
春好と春英は、いずれも師の名の一字を継いでいる。
春の字である。
工房の名を背負って仕事をしたことになる。
師の春章が没した後、一門を支えたのがこの二人だとされる。
やがて、歌川派が台頭してくる。
勝川派の勢いは、そこで陰る。
流派の盛衰は、絵の質だけで決まらない。
版元との関係、弟子の数、時流。
さまざまな要因が絡む。
九点は、勝川派がまだ盛んだった時期の仕事である。
一門の名の継ぎ方
浮世絵の一門では、名を継ぐ習慣があった。
師の名の一字を、弟子が受け取る。
春章の門下なら、春の字が付く。
春好、春英、春潮、春常。
名を見れば、どの一門か分かる。
これは、商標のような働きをした。
買い手も、名で系統を判断できる。
工房としては、名前が財産になる。
だから、名の継承は慎重に行われた。
九点の署名を見比べると、同じ字が並んでいる。
九点を、順に見る
最後に、見方を提案したい。
九点を、線の太さで並べてみてほしい。
女方の衣の線は細く、均一である。
相撲取りの体の線は太く、抑揚がある。
老女の衣の線は、震えるように細かい。
団扇絵の子どもの線は、短く速い。
同じ工房の絵でも、線の質はこれだけ違う。
線は、彫師の手でもある。
版下絵の線を、彫師が板に写す。
その二人の呼吸が、線に出る。
顔や構図より先に、まず線を見る。
そういう見方をすると、九点はずいぶん違って見えてくる。








