絵の裏に、もう一枚——エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー
二十年あいた両面
もう一組、両面の画布を見てみたい。
こちらは、表と裏の制作年が大きく離れている。

横長の画面である。縦56センチ、横90センチ。
建物が一棟、画面いっぱいに横たわっている。
壁は緑に塗られ、屋根と右端の部分は橙である。
窓は黒い四角として並び、下の階には赤い線が走る。
空は濃い青で、雲は描かれていない。
手前は道路らしく、青と桃色の筆跡が横に流れる。
道には小さく人影があり、犬らしきものも見える。
建物の名から、娯楽の場を描いたものと分かる。
色は、やはり見たままではない。
緑の壁も、青すぎる空も、選ばれた色である。

同じ画布の裏である。寸法はもちろん同じ。
こちらには、二人の人物が描かれている。
踊っている姿勢である。腕を上げ、体を寄せ合っている。
肌は桃色、衣は青と灰色で塗られている。
背景は白と薄い青で、雪を思わせる。
線は太いが、初期の作より整理されている。
面が大きくとられ、色数も抑えられている。
そして制作年は、1928年から29年とされる。
表の1909年から10年とは、およそ二十年の開きがある。
二十年後に、裏を使う
これは、なかなか興味深い事実である。
二十歳代の終わりに描いた絵の裏を、四十歳代の終わりに使っている。
その二十年のあいだに、彼の人生は大きく変わっている。
第一次世界大戦があり、体調を崩し、療養している。
その後はスイスの山間の村に移り、そこで制作を続けた。
《雪の中で踊る二人》の雪は、その土地の風景と関係があるだろう。
つまり一枚の画布の表と裏に、都市の娯楽と山の雪が同居している。
同じ布の上に、二つの時期が背中合わせで残された。
画布を、なぜ取っておいたのか
若い頃の絵を二十年も持ち歩いていたことになる。
戦争があり、療養があり、国境を越える移動もあった。
その間ずっと、この画布は手元にあった。
売れなかったのか、手放したくなかったのかは分からない。
ただ、結果として一枚の布が二十年を運んだ。
そしてある日、彼はそれを裏返して新しい絵を描いた。
若い頃の自分の絵を、下地として扱ったことになる。
もっとも、当人にそういう感慨があったかは分からない。
単に、手ごろな大きさの布がそこにあっただけかもしれない。
二人の女性と、赤い傘
三点目は、両面ではない一枚である。

屋外である。緑の草地が広がり、奥に木立と丘が見える。
画面の上部に、大きな赤い傘が広がっている。
その下に、二人の裸の女性が立っている。
一人は桃色に、一人はやや濃い肌色に塗られている。
右の人物は帽子をかぶっている。
傘の赤と、草の緑が、正面からぶつかっている。
補色に近い二色を、加減せずに並べている。
そのため画面が強く、目に刺さるように感じられる。
この時期の作に共通する性質である。
屋外での制作
記録によれば、この集団の画家たちは屋外で制作した。
湖のほとりや海辺に出て、そこで人物を描いたと伝えられる。
型どおりの画室での制作を離れる、という考え方である。
自然の中の人体、という主題はそこから来ている。
こうした活動は、当時の生活改革の運動とも結びつけて語られる。
ただし、その関係の深さについては説の幅がある。
当方としては、そういう文脈があると紹介するにとどめたい。
娯楽の場を描くこと
《ダンスホール・ベルヴュー》の主題についても書いておきたい。
二十世紀の初め、都市には娯楽の施設が次々にできた。
踊る場所、飲む場所、見せ物の小屋。夜の営業が成り立つ場所である。
画家たちは、そこに新しい主題を見つけた。
宮廷でも神話でもなく、いま自分が暮らす街の夜である。
この関心は、少し前のフランスの画家たちとも重なる。
当サイトでは
ロートレックの線で、
その一つの形を見た。
ただしキルヒナーの一枚は、店の中ではなく外から建物を描いている。
看板も人の顔も、ほとんど描き込まれていない。
娯楽そのものではなく、娯楽が入っている箱を描いている。
緑の壁と青すぎる空だけで、その箱が異物のように見える。
表と裏の、色の違い
同じ画布の両面を、色で比べてみたい。
表の《ダンスホール・ベルヴュー》は、緑と橙と濃い青である。
いずれも彩度が高く、面と面が強くぶつかる。
裏の《雪の中で踊る二人》は、白と薄い青と桃色が中心になる。
彩度が下がり、面のつながりがやわらかい。
二十年のあいだに、色の使い方がはっきり変わっている。
都市の絵が強い色で、山の絵が淡い色。
そう言ってしまうと単純すぎるかもしれない。
ただ、同じ布の両面という条件のおかげで、比較が正確になる。
大きさも、支持体も、まったく同じだからである。
条件がそろった比較は、なかなか得がたい。
この一枚の画布は、その意味でも貴重な資料である。