絵の裏に、もう一枚——エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー
美術館の壁には、たいてい絵の表しか掛からない。だが裏にも絵がある画布が存在する。しかも一枚は、表が1909年、裏が1928年。二十年をまたいで同じ布が使われた。キルヒナーの六点を見る。一枚の布の厚みに、一人の画家の二十年が収まっている。

一枚の画布に、二枚の絵
美術館の壁には、たいてい絵の表しか掛からない。
裏に何があるかを気にすることは、まずない。
ところが、裏にも絵がある画布が存在する。
今回はその実例から始めたい。

細長い画面である。縦196.1センチ、横65.4センチ。
縦横の比が三対一に近い。人の背丈より高い。
画面の中央に、二人の人物が立っている。
裸の女性である。一人は正面を、一人は背を向けている。
肌は黄色と桃色で塗られ、輪郭は太い線で囲まれている。
背景は暗い青と緑で、その中に赤やオレンジの筆跡が走る。
床にあたる部分には、赤と橙の斑が散っている。
色は、対象の色ではない。肌が黄色く、影が緑である。
見たままではなく、決めた色で塗られている。
裏を返すと
同じ画布の裏には、別の絵がある。

こちらも縦長で、寸法は表と同じである。当然ながら、同じ布だからだ。
一人の女性が、背を向けて立っている。
顔は横を向き、手に白い布を持って肩に当てている。
背景の左半分は黄色、右半分は黒に近い暗色である。
足元は緑がかった色で塗られている。
表の絵と比べると、こちらのほうが単純である。
人物は一人で、背景も二色に大きく分かれている。
どちらが先に描かれたかは、記録からは分からない。
制作年は、どちらも1907年とされている。
なぜ、裏にも描くのか
理由の一つは、単純にお金である。
画布は買うものである。木枠に張り、下地を塗る手間もかかる。
若い画家にとって、これは無視できない出費だった。
一枚の布で二枚描ければ、費用は半分になる。
もう一つの理由も考えられる。
描き直しである。気に入らない絵を裏返して、新しく描く。
表を塗りつぶすより、裏を使うほうが早い。
いずれにせよ、両面の絵は「捨てなかった記録」である。
失敗作として処分されていれば、いま両面とも残らない。
画家について
エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナーについて、記録から書く。
1880年に生まれ、1938年に没したとされるドイツの画家である。
もともとは建築を学んでいたと伝えられる。
1905年、仲間とともに芸術家の集団を結成した。
ドイツ語で「橋」を意味する名で呼ばれる集団である。
若い画家たちが共同で制作し、展示を行った。
彼らは、それまでの絵画の型を意図的に外した。
正確な形、自然な色、なめらかな仕上げ。それらを捨てた。
代わりに、強い色と粗い筆跡を選んだ。
この二枚の裸婦は、その初期の時期にあたる。
太い輪郭と、決めた色
初期の作でとくに目立つのは、輪郭の太さである。
人物の周りに、青や緑の太い線が引かれている。
これは影ではない。形を区切るための線である。
木版画の線に近い、と言われることが多い。
実際、この集団の画家たちは木版画を熱心に作った。
版木を彫れば、線は必然的に太くなる。
その感覚が、油彩にも持ち込まれている。
色についても同じことが言える。
版画では、色数を絞り、面で塗る。
油彩でも、混ぜずに置いた色が並んでいる。
黄、桃、青、緑、赤。それぞれが濁っていない。
細長い画面の理由
この二枚の縦横比についても、考えておきたい。
縦196.1センチ、横65.4センチという形は、絵画としてはかなり特殊である。
人物を一人か二人立たせるだけで、画面がふさがる。
風景を入れる余地はないし、群像も組めない。
つまり、最初から人体だけを描くための形である。
一つの見方は、屏風や衝立の一面として構想されたというものだ。
もう一つは、扉や壁面の装飾として考えられたという見方である。
実際、この集団の画家たちは、住まいの壁や家具にも絵を描いた。
絵を額の中だけに閉じ込めない、という姿勢があったと伝えられる。
ただし、この二面が具体的に何のために作られたかは記録から確定できない。
当方が言えるのは、通常の展示用の形ではない、ということまでである。
見たままではない色
色の話をもう少し続けたい。
肌を黄色や桃色で塗ることに、当時どれほどの抵抗があったか。
十九世紀までの絵画では、肌は肌の色で塗るのが当然だった。
光の当たり方で明暗はつけても、色そのものは変えない。
その前提を外すと、絵は現実の再現ではなくなる。
代わりに、画面そのものが一つの構成物になる。
赤い傘と緑の草地を正面から衝突させるのも、同じ考え方である。
自然界では、これほど純度の高い赤と緑は隣り合わない。
隣り合わせたのは、画家が画面の効果を優先したからだ。
この選択は、二十世紀の初めに各地で同時に起きている。
フランスでも、色を解放する動きがほぼ同じ時期にあった。
当サイトで扱った
平らな面の話は、その前段にあたる。