波と雨を、線で描く——歌川国芳
明暗の逆転が、何を生むか
もう一度、雪の画面に戻りたい。ふつうの風景では、空が明るく、地面が暗い。
この一点では、空が暗く、地面が白い。上下の明暗が逆になっている。
その結果、歩く人の赤い衣が浮かび上がる。白い地面の上で、色が孤立するからである。
夜と雪を同時に描くと、この逆転が起きる。主題の選択が、画面の構造を決めている。
名所の絵も描いている
主題の幅を確かめたい。

画面を細い青の枠が囲む。これは名所絵の揃物によく使われる形式である。
中央から左に、白い煙が立ち上る。窯の煙である。
今戸は、瓦や土器を焼く窯のあった土地である。手前に黒い窯らしき塊が見える。
その周りに人が数人。小さく描かれ、顔は判別できない。
右に一本の木が立ち、枝が上へ伸びる。奥に川と、青い山影。
つまり、労働の場所が名所として描かれている。
松林と、石の像
もう一点、名所の絵を見たい。

松の幹が、画面を縦に区切っている。太い幹が三本、四本と並ぶ。
その奥に、石の像が立つ。台座の上に、細長い像が据えられている。
手前に人が三人。一人は像を見上げ、一人は荷を担ぐ。
地面は淡い褐色で、遠くに緑の茂みが広がる。空は上部に狭く見えるだけである。
右上に短冊形の枠。題が入る。
縦の線が、画面を仕切る
構図にも触れておきたい。松の幹は、垂直の線である。
その線が画面を三つ、四つに区切る。区切られた隙間から、奥が見える。
先ほどの雨の線も、同じ縦方向だった。国芳は縦の線で画面を割るのが巧い。
波の渦や煙の曲線と対比すると、その差がはっきりする。
判型が、二つに分かれる
寸法を整理しておきたい。物語と名所の絵は、縦22〜26センチ、横34〜38センチ。
いわゆる横長の中判・大判である。一方、肖像と続き物は縦37センチ前後の大判である。
つまり主題によって判型が違う。横長は場面を描き、縦は人物を立てる。
判型と主題の関係は、別のコラムでも扱った。
枠が、絵の性格を示す
枠についても書いておきたい。名所絵の二点には、画面を囲む枠がある。
枠があると、絵は窓のように見える。外の景色を切り取って見せる形式である。
一方、物語の三点には枠がない。画面の端まで波と雨が続く。
つまり枠の有無で、絵の性格が変わる。中に入るか、外から眺めるかの違いである。
揃物の断片を、どう扱うか
連作の残り方にも触れておきたい。日蓮伝の三点は、より多くの図から成る揃物の一部である。
三点だけを見て、連作全体を語ることはできない。順序も、全体の構成も分からない。
公開分で見られるのは断片である。断片から全体を推測するときは、慎重になりたい。
分かるのは、選ばれた三点がいずれも自然の力を扱っているという事実だけである。
見立て——形のないものは、線の型で描かれる
ここまでを整理したい。波は渦の線、雨は縦の線、雪は白い点と紙の白。
いずれも観察の写しではない。決まった型を使って示している。
型があるから、見る側はすぐに読み取れる。写実であるかどうかは、問題にされていない。
そして型は、彫りと摺りの技術に支えられている。細い線が彫れなければ、雨は描けない。
表現の型と、工程の限界は、いつも隣り合っている。
型は、更新される
ただし、型は固定ではない。1835年の波と1853年の波は、明らかに違う。
線の数が増え、渦が細かくなっている。型の内側で、密度が上がっている。
つまり型を守りながら、更新もしている。伝統と変化は、対立していない。
十三点の内訳
公開分の構成も確かめておきたい。13点のうち、物語と怪異の主題が半分を超える。
名所が数点、肖像が数点。武者絵と呼べる作品は、ほとんど含まれていない。
つまり公開分だけを見ると、この絵師は物語の画家に見える。実際の仕事の幅とは違う。
公開作品の構成が画家像を作る点は、繰り返し確かめておきたい。
版元と改印
出版の仕組みにも触れておきたい。この時期の版画には、出版の許可を示す印が押される。
印の形は年ごとに変わり、制作年を絞る手がかりになる。
つまり画面の隅の小さな印が、資料として働く。
ただし公開画像では判読が難しく、所蔵館の記録も内容までは書いていない。
暮らしへ——雨を、線で描いてみる
家でできることを書いておきたい。雨の日に、窓から外を撮ってみてほしい。
写真では、雨はほとんど写らない。速すぎて、線にならないからである。
次に、その写真の上に、細い線を等間隔で引いてみる。それだけで雨に見える。
つまり雨の線は、目に見えたものではない。見えないものを示すために作られた記号である。
署名の形も、手がかりになる
署名にも触れておきたい。国芳の署名は、作品によって形が違う。
「一勇斎国芳画」と長く書く例もあれば、短く記す例もある。印の形も一定ではない。
署名の形式は、時期によって変わることが多い。だから制作年を推定する手がかりになる。
ただし公開画像の解像度では、細部の判読が難しい。所蔵館の記録も、署名の文言までは書いていない。
群として見ると、方法が見える
最後に、見方をまとめておきたい。13点を主題で分け、自然現象の描き方で並べ直す。
波、雨、雪、煙。それぞれに型があることが見えてくる。
公開画像は、そのための道具である。離れた館にある作品でも、手元で並べられる。
そして、気づいた型は書き留めておきたい。線の形は、言葉にしないと忘れる。
一行の記録が、次に見るときの足場になる。









