波と雨を、線で描く——歌川国芳
歌川国芳は、波を渦の線で、雨を縦の線で描いた。形のないものを示す型が、彫りと摺りの技術に支えられている。九点で自然現象の描き方をたどり、連作と怪異の主題にも触れる。型が更新される過程も見ておきたい。公開分の偏りにも触れておきたい。

波が、画面の半分を占めている
一枚の版画から始めたい。

横長の紙である。縦22.5センチ、横34.9センチ。手のひらを二つ並べた程度の大きさだ。
画面の左半分は、ほとんど波である。青い山のような波が三つ、続けて盛り上がる。
波頭は白く砕け、指のような形に分かれる。その先端から、粒のような飛沫が散る。
右下に舟がある。舳先が斜めに突き上げられ、船縁に人が四、五人しがみつく。
舟の中央に、赤茶の衣の僧が立つ。合掌し、正面を向いている。
背景の空は灰色で、雲が横に流れる。遠くに小さく陸地の影が見える。
左上に署名と印。左下の枠にも文字が入る。版元の印だと考えられる。
青は、輸入された顔料である
まず色に注目したい。この波の青は、濃く、深い。
伝統的な藍とは、色の出方が違う。層になった濃淡がはっきり分かれている。
この時期の版画には、輸入の合成顔料が使われるようになる。日本ではベロ藍と呼ばれた。
ヨーロッパで作られた顔料が、長崎を経由して入ってきた。値段は下がり、広く使われるようになる。
同じ青は、北斎の風景版画にも使われている。その事情は別のコラムで扱った。
つまり、この画面の青さは技術と流通の結果でもある。画家の好みだけでは説明できない。
描いたのは、誰か
作者は歌川国芳である。19世紀前半の江戸で活動した。
歌川派という大きな一門に属していた。同門には広重や国貞がいる。
武者絵で知られる絵師だが、公開分の内容は少し違う。物語、怪異、名所、肖像が並ぶ。
当サイトには13点が公開されている。制作年は1830年ごろから1853年までである。
つまり二十年余りの仕事が、断片的に集まっている。
舟の中の人は、どう描かれているか
細部をもう少し見たい。舟の中の人物は、全員が別の姿勢を取っている。
櫂にしがみつく者、手を合わせる者、船縁から身を乗り出す者。顔の向きもばらばらである。
一方、中央の僧だけは正面を向き、動かない。周囲の混乱と、中心の静止が対比されている。
これは構図の常套手段である。動と静を隣り合わせにすれば、どちらも強く見える。
観察の結果ではなく、設計の結果である。
問い——見えないものを、どう描くか
ここで問いを立てたい。波、雨、雪、風。いずれも形の定まらないものである。
写真のない時代に、これらをどう画面に収めたのか。
国芳の場合、答えははっきりしている。線の形と、色の面である。
以下、自然現象の描き方を順に見ていきたい。
雨は、縦の線で描かれる
次の一点を見たい。

画面の上半分に、細い縦線が密に並ぶ。上端から中ほどまで、簾のように降りている。
これが雨である。線の間隔はほぼ均一で、わずかに傾いている。
右に崖があり、その上に人が集まる。中央に赤い傘が一本、開いている。
傘の下に僧が立ち、左手を上げている。周囲に十人ほどが座り、こちらを見上げる者もいる。
左は海である。波が白く砕け、小さな舟が二艘浮かぶ。
雨の線は、海の上まで続いている。つまり画面全体が雨の中にある。
傘の赤が、目印になる
色の使い方も見ておきたい。画面の中で、はっきりした赤は傘だけである。
他は青、灰色、褐色に抑えられている。だから視線は、まず赤い傘へ行く。
その下に主人公がいる。色で主役を示す方法である。
面積は小さくても、彩度の高い色は目を引く。少ない色数の版画では、この効果が特に効く。
雨の線は、彫りの技術でもある
この縦線は、彫師の仕事である。版木に細い線を残し、周りを削る。
線が細いほど、彫るのは難しい。一本でも欠ければ、画面の均質さが崩れる。
つまり雨の表現は、絵師の発案と彫師の腕の両方に支えられている。
雨を線で描く方法は、他の絵師も使っている。広重の雨については、
別のコラムで扱った。
岩が、宙に浮いている
同じ連作の三点目を見たい。

画面の上部に、褐色の岩が浮いている。周囲に何も支えがない。
左に大きな岩壁があり、赤松が生える。手前に僧が二人、岩を見上げる。
右には武士らしき人物が数人。刀を差し、驚いた姿勢で立つ。
中景に雪の積もった山が横たわる。空は淡い青で、上端が濃くなる。
奇跡の場面である。しかし画面の作りは、風景画に近い。
連作という枠組み
三点に共通する題を確かめておきたい。いずれも「高祖御一代略図」に属する。
高祖とは、日蓮のことである。その生涯の出来事を、一図ずつ描いた揃物である。
つまり、この三点は独立した絵ではない。もっと多くの図から成る連作の断片である。
連作は、続けて買わせる仕組みでもある。数が決まっていれば、集める動機が生まれる。
同じ構造は、東海道五十三次にも見られる。その売り方は
別のコラムで扱った。
信仰の主題を、娯楽の商品にする
主題の性格にも触れておきたい。日蓮の伝記は、信仰の主題である。
しかしこの三点は、寺の壁に描かれた絵ではない。町で売られた版画である。
奇跡の場面を、迫力のある画面として売っている。信仰と娯楽が、同じ紙の上にある。
どちらか一方に決めつけないほうがよい。当時の受け取り方は、いまとは違う可能性がある。