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歌川国芳とは——武者絵・猫・戯画、代表作でたどる浮世絵師の仕事

歌川国芳とは何者か。代表作を武者絵・猫の化け物・戯画・名所絵の五点でたどります。江戸時代後期の浮世絵師の仕事を、当サイトが公開しているCC0の図版と、所蔵館の記録から確かめます。枠を強く意識した構図の作り方が、主題を越えて全体に通っています。

浪裡白跳張順(水滸伝豪傑百八人より)
歌川国芳《浪裡白跳張順(水滸伝豪傑百八人より)》クリーヴランド美術館蔵

歌川国芳とは

歌川国芳は江戸時代後期の浮世絵師である。当サイトの記録では1797年生まれ、1861年没。歌川派の絵師で、中国の小説を題材にした武者絵で名を上げ、猫や化け物、戯画でも知られる。

仕事の幅が広いので、「国芳とは何の絵師か」は一言で答えにくい。ここでは当サイトが公開しているCC0の図版を五点並べ、種類ごとに代表作を見ていく。すべてクリーヴランド美術館とメトロポリタン美術館が公開している画像である。

名を上げた《水滸伝》の武者絵

国芳の名を広めたのは、中国の小説『水滸伝』の豪傑を一人ずつ描いた連作である。クリーヴランド美術館の記録では、この連作の一枚「浪裡白跳張順」は1820年代後半の制作とされている。

水門の鉄格子にしがみつく男を、真下からあおるように描く。全身に彫物が入り、口には抜き身の刀をくわえ、髪はほどけて逆立つ。周囲では黒い鉄具と縄、折れた矢が交差し、水は青の濃淡で渦をつくる。人物は画面から溢れる寸前まで大きい。

構図の作り方に特徴がある。人体を斜めに置き、手足を枠の外へ出し、見る位置を低くとる。同じ大きさの紙でも、こうすると画面が広く感じられる。左上には題を書いた枠、右下には署名と、豪傑の来歴を記した文の枠が入る。

彫物の表現も見どころである。肌の上に置かれた模様は、体のふくらみに合わせて曲がっている。平らな版木から摺っているのに、模様の歪みだけで体の丸みが出る。輪郭線の太さも一定ではない。太い線で体の外側を締め、細い線で内側の筋肉を分けている。

浪裡白跳張順(水滸伝豪傑百八人より)
歌川国芳《浪裡白跳張順(水滸伝豪傑百八人より)》1820年代後半。館の記録では、多色摺の木版画。紙寸38×25.7センチ。番号は1980.85。クリーヴランド美術館蔵。歌川国芳《浪裡白跳張順(水滸伝豪傑百八人より)》クリーヴランド美術館蔵

猫と化け物

国芳といえば猫、という印象は現代の日本で広く共有されている。当サイトの在庫でその印象に近いのが、二枚続の《怪談の場面——岡崎の猫の化け物》である。館の記録では1850年頃の制作、木版多色摺、各紙36.5×25.4センチ、番号はJP1563。

面白いのは、猫が主役の位置にいないことだ。手前には座って書付を読む若衆と、白い着物の女、そして痩せこけた老女が立つ。猫は背景の壁一面に、灰色の輪郭だけで巨大な顔として浮かび上がる。目は白く抜かれ、口は裂けている。

つまり国芳は、化け物を人物の隣に置かず、部屋そのものに化けさせた。人物は彩色され、猫は淡い墨だけで摺られている。色の有無で「こちら側」と「あちら側」を分ける作りになっている。

怪談の場面——岡崎の猫の化け物
歌川国芳《怪談の場面——岡崎の猫の化け物》1850年頃。館の記録では、二枚続の木版多色摺、紙。各36.5×25.4センチ。番号はJP1563。メトロポリタン美術館蔵。歌川国芳《怪談の場面——岡崎の猫の化け物》メトロポリタン美術館蔵

戯画と子ども絵

国芳は笑いの絵も多く残した。《大名行列ごっこをする子どもたち》は五枚続の大きな一図で、館の記録では37.1×127センチ。海辺を舞台に、子どもたちが大名行列の真似をして横一列に進む。

先頭では日の出が海から昇り、奥に山が霞む。子どもは槍持ちや駕籠かき、供侍の役をそれぞれ演じ、黒い房飾りのついた長い毛槍を掲げる。右端では駕籠が担がれている。行列という格式ばった主題を、そのまま子どもの遊びに置き換えている。

五枚続という判型も効いている。横に127センチあるので、行列が本当に長く続いて見える。一枚ごとに人物のかたまりが収まるよう配されており、区切って見ても崩れない。海と空を横一直線の帯にして、その帯の上に人物を粒のように並べる。この整理の仕方が、雑然としがちな主題を見やすくしている。

もう一点、《浮世又平名画奇特》は絵師を主役にした奇想の図である。画中の男が筆を持って座り、口を開けて上を見る。彼が描いた絵が紙から離れ、鬼や仙人や力士のような姿になって宙を舞っている。手前には絵具皿と筆が散らばる。

この一枚には、署名の脇に彫師の名まで摺り込まれている。浮世絵が絵師ひとりの仕事ではなく、彫りと摺りを含む共同作業だったことが、画面の中で明かされている。版元や署名の読み方は浮世絵の落款と版元印を読む記事で詳しく扱っている。

大名行列ごっこをする子どもたち
歌川国芳《大名行列ごっこをする子どもたち》19世紀。館の記録では、五枚続の木版多色摺、紙。37.1×127センチ。番号はJP1806a–e。メトロポリタン美術館蔵。歌川国芳《大名行列ごっこをする子どもたち》メトロポリタン美術館蔵
浮世又平名画奇特
歌川国芳《浮世又平名画奇特》1853年。館の記録では、二枚続の多色摺木版画。全体37.8×26.4センチ。番号は1916.1160.b。クリーヴランド美術館蔵。歌川国芳《浮世又平名画奇特》クリーヴランド美術館蔵

摺りの腕が見える《雨のお茶の水》

最後の一点は、人物がほとんど出てこない。《雨のお茶の水》は、館の記録では19世紀半ばの木版画、26×34.9センチ、番号はJP2633。江戸の御茶ノ水の谷を描いた名所絵である。

画面は、黒に近い焦茶の丘と、青緑の谷底だけでできている。丘の上に木立が一つ、影絵のように黒く沈む。そこへ、細い縦線が紙の上端から下端まで一面に走る。雨である。輪郭線で形を描く代わりに、色の面と縦線だけで天気を出している。

これは絵師の下絵の力だけでは出せない。ぼかしの摺り、細い線を彫る技、色の重ね順が揃って、はじめてこの調子になる。国芳の名前で語られる仕事の多くは、実際には工房と職人の共同作業の結果である。

雨のお茶の水
歌川国芳《雨のお茶の水》19世紀半ば。館の記録では、木版画、紙に墨と色。26×34.9センチ。番号はJP2633。メトロポリタン美術館蔵。歌川国芳《雨のお茶の水》メトロポリタン美術館蔵

五点を並べると、武者絵・化け物・戯画・名所絵と、主題がまったく違う。共通しているのは、画面の枠を強く意識した構図の作り方である。人や物を枠にぶつけ、切り、はみ出させる。ほかの作品は歌川国芳の作家ページから辿れる。こうした構図が海の向こうでどう受け取られたかは、浮世絵が西洋美術を変えた話にまとめてある。

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