作品を知る

灯りは、道具の形で残る——ドリスコル・テルブシュ・谷文一ほか九点

ケープ・ポージ灯台の海からの眺め
チャールズ・ハバード《ケープ・ポージ灯台の海からの眺め》1840年代。館の記録では、板に油彩。39.7×54.8センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。チャールズ・ハバード《ケープ・ポージ灯台の海からの眺め》スミソニアン協会蔵

荒れた海の上に、白い塔が立っている。

灯台である。

空は黒ずみ、波は高い。

手前では、小さな舟が波にもまれている。

灯りの語で集めた九点の中で、これだけは建物である。

だが、外れではない。

灯台は、船のための灯りである。

蝋燭が机を照らし、行灯が部屋を照らすなら、灯台は海を照らす。

灯りの道具の、いちばん大きな端がこれである。

嵐の海と灯台の組み合わせは、灯りの用途をそのまま絵にしている。

光が要るのは、暗くて危ないときだからである。

手前の舟には、人影が数人乗っている。

奥には、帆を張った船も小さく見える。

灯台の白い壁だけが、暗い画面の中でまっすぐ立っている。

この作品の記録は、作者と年代と技法だけの短いものである。

灯台の場所は、題がマサチューセッツの岬だと教えてくれる。

火がともっているかどうかは、画面からは確かめられない。

昼の嵐なのか、夜なのかも、記録は書いていない。

分からないことは、分からないまま数えることにする。

星が、たいまつと呼ばれる

たいまつのように燃える大きな星が天から落ちてきた
オディロン・ルドン《たいまつのように燃える大きな星が天から落ちてきた》1899年。館の記録では、リトグラフ。画面は30.3×23.3センチ。番号は1926.140.5。クリーヴランド美術館蔵。オディロン・ルドン《たいまつのように燃える大きな星が天から落ちてきた》クリーヴランド美術館蔵

黒い画面の真ん中で、白い光が破裂している。

放射状の線が、闇を押しのける。

上の隅には、小さな顔がのぞく。

題は、聖書の黙示録から取られている。

たいまつのように燃える大きな星が、天から落ちてきた、と。

館の記録では、これはルドン最後の石版画集の一枚である。

黙示録の十二の場面を、そのまま絵にしたという。

画商ヴォラールが版元となり、パリの内外で売られたとある。

ルドンが黒一色にこだわった、最後の時期の仕事だとも記録は書く。

このあと、ルドンの画面は鮮やかな色に変わっていく。

デュヴェの黙示録から、およそ三百五十年後の黙示録である。

同じ書物が、燭台の絵と、燃える星の絵を生んだ。

そしてこの星は、灯りの道具ではない。

たいまつのように、という言葉だけが、灯りとつながっている。

語で集めると、こういう一枚が入ってくる。

灯りの語は、火のないところまで広がっているのである。

版の下には、フランス語の題が一行、活字で刷られている。

石版の隅には、ルドンの頭文字も入っていると記録は書く。

黒一色の石版画は、闇を刷る技法だといってよい。

紙の白を残した部分だけが、光になる。

蝋燭の絵が闇を塗って火を残したのと、仕組みは同じである。

じつは、もっと遠い外れもあった。

酒場でトランプに興じる人々の絵が、候補に挙がってきたのである。

画面のどこにも、灯りは見えなかった。

その一枚は外した。

数えると、こうなった

九点を、ここで数える。

実物の灯具が四点。

ランプ、燭台が二組、灯籠である。

描かれた灯りが五点。

燭台の幻、蝋燭、行灯、灯台、そして星である。

実物の四点は、どれも火がついていない。

蝋燭は抜かれ、灯籠は空で、電気の線はつながれていない。

写真の撮り方も、それを裏づけている。

四点とも、無地の背景の前で、外からの照明で撮られている。

道具が自分で光る姿は、収蔵写真には残っていない。

描かれた五点のうち、火がはっきり見えるのは三点だった。

蝋燭と、行灯と、燃える星である。

燃料も数えられる。

蝋燭が三点、油が一点、電気が一点。

灯台と灯籠の燃料は、記録からは分からない。

蝋燭から電気まで、九点は灯りの歴史の幅をほぼ覆っている。

大きさも並べておく。

実物でいちばん小さいのは、21センチのブロンズの燭台である。

いちばん大きいのは、157センチの牡丹のランプである。

その差は、照らす範囲の差でもある。

机の手元を照らす道具と、部屋の隅まで照らす道具。

そして描かれた側の端には、海を照らす灯台がある。

灯りの道具は、照らしたい広さに合わせて背が伸びる。

手元、机、部屋、海。

九点は、その階段をひととおり見せてくれた。

作り手の名の残り方も、数えておきたい。

実物の四点のうち、銘を持つのはランプと銀の燭台の二点である。

どちらも、名は台座や台の目立たない場所にあった。

描かれた側では、文一が行灯の柱に字を書き込んだ。

ルドンは石版に頭文字を、テルブシュは布の裏に署名を残した。

道具も絵も、名前は光の当たらない場所に置かれている。

名を刻む場所の選び方は、東西でも道具と絵でも変わらなかった。

言えないことも書いておく。

この九点は、灯りの語で拾えたものにすぎない。

美術館の灯具の全体で、火の消えた率を言うことはできない。

ただ、一つだけ確かなことがある。

美術館は、火を収蔵できない。

収蔵されるのは、火を立てる台と、火を囲う笠だけである。

点灯した状態を書く欄は、記録のどこにもない。

ドリスコルのランプが夜にどう光ったか、記録は言葉で伝えるだけである。

女帝の晩餐で銀の燭台がどう見えたかも、もう確かめられない。

火は、道具より先に消える。

だから、絵だけが火を残せる。

テルブシュの蝋燭と文一の行灯は、二百年ついたままである。

灯りの絵とは、消えるものを消えないうちに写した絵のことである。

最後に、時代の並びを見ておきたい。

九点でいちばん古いのは、十六世紀のブロンズの燭台である。

いちばん新しいのは、二十世紀の電気のランプである。

そのあいだの四百年、灯りの道具は形を変え続けた。

だが、どの時代の道具も、やることは一つだった。

火を、倒れないように立てておくことである。

牡丹の笠の下の電球も、その仕事の続きにある。

暗くなったら火を立てる。

それがどの絵の、どの道具の、前提だった。

道具はいまも、展示室で火を待ち続けている。

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