洗うか、干すか——ルペール・ドガ・広重ほか九点の洗濯

手のひらに載るほどの、小さな紙である。
高さ15.9センチ、幅12.1センチ。
浅い流れのほとりに、女が二人かがんでいる。
手前の一人は、白い布を石の上に置いて押している。
頭には布を巻き、袖をまくり上げている。
背中の丸みが、力の入れどころを教えてくれる。
奥の一人は、水の中に手を入れている。
岸には、洗い終えた布が広げられている。
背景の丘は、明るい緑と黄で軽く塗られただけである。
紙の下の隅に、題らしい字が書き込まれている。
館の記録は、作者と年と技法と寸法だけの短いものである。
だから、この川がどこの川かは分からない。
分かるのは、洗濯の姿勢が、土地を超えて同じだということである。
かがみ、腕を伸ばし、布を石に押しつける。
セーヌの洗濯船でも、エトルタの浜でも、この形は変わらない。
道具が水と石だけなら、体の使い方も同じになる。
洗剤も機械もない仕事は、地域が違っても同じ形に落ち着く。
石は台になり、流れはすすぎの水になる。
九点のうち、機械らしいものが写る絵は一点もない。
道具がその人の仕事を示すという回の言い方を借りれば、ここでの道具は川そのものである。
抱えて運ぶのも、洗濯である
五点目は、街の中の洗濯女である。

黒と白だけの絵である。
画面の右手に、若い女が立っている。
胸の前に、大きな籠を抱えている。
籠は洗い物でふくらみ、体が後ろへ反っている。
左のほうには、荷を積んだ荷車と、馬の姿。
その向こうに、人影がいくつも並ぶ。
地面には長い影が伸びている。
線は速く、輪郭のあちこちが掻き落とされて白く光る。
館の記録では、この絵はパリの夏についての記事のための挿絵だった。
暑さを避けて人が街を出るあいだ、街に残る低賃金の働き手。
その姿を描いたのだという。
白黒で複製されると決まっていたので、墨を薄めて塗り、削って白を出した。
まず板を白く塗り、そこを削り、黒インクで描く。
そうやって階調を作ったと、豆知識の欄が説明している。
つまりこの絵は、印刷されるために作られた絵である。
紙は75.9×63.1センチと、九点でいちばん大きい。
雑誌の小さな図版のもとが、これだけの大きさで描かれていた。
来歴の欄には、批評家ロジェ・マルクスの名がある。
世紀の変わり目に、この画家の作品を誰よりも集めた人だという。
干す場所が、店の中にある
六点目は、洗濯屋の中である。

暗い部屋である。
上のほうに、白い布が何枚も垂れ下がっている。
物干しの綱が、天井の近くを横切っているらしい。
その下で、女たちが働いている。
一人は台に向かって身をかがめる。
もう一人は、腕を上げて布を掛けている。
右下の隅には、洗い物の山が積み上がっている。
画面は11.6×15.7センチと、手のひらほどしかない。
館の記録では、ドガが銅版画を試したのは1875年ごろから1880年ごろまでの短い間である。
洗濯女を主題にした唯一の版画だという。
当時の小説で人気の主題でもあったと記録は書く。
かがんだ姿勢と、右下の洗い物の山の大きさ。
その二つで、この仕事の重さを示したという。
豆知識の欄には、道具のことが書かれている。
彫るための針だけでなく、針金の刷毛や、両端のとがった帳簿用のペンまで使った。
洗濯屋の湯気と暗がりを、変わった道具で引っかき出したことになる。
九点のうち、屋根の下の洗濯はこの一点だけである。
川辺の仕事が、店の仕事に変わっていく時代の一枚でもある。
紙の裏には、赤インクの印が押されている。
画家の工房の印だと記録は書く。
つまりこの一枚は、画家の手元に残っていた。
売り立てに出たのは、画家の死後である。
版画は摺れば増えるが、摺らずに残ることもある。
洗濯女の顔を、正面から描く
七点目は、人の絵である。

緑の壁を背に、女が一人座っている。
青い上着に、黄色い頭巾。
腕を組むように前で重ね、視線は下へ落ちている。
顔には、はっきりした年輪が刻まれている。
背景は縦の筆で、緑と青がぶつかり合う。
手も顔も、粗い筆のまま置かれている。
洗い物も、桶も、水も描かれていない。
この人が洗濯女だと分かるのは、題があるからである。
館の記録の分類は、肖像と女の二語である。
題は、洗濯女、習作。
つまりこれは、大きな絵のための下ごしらえだった。
ここまでの六点で、洗濯女はいつも遠くにいた。
風景の中の点であり、階段の途中の姿であり、暗い店の影だった。
この一点だけが、顔の高さまで近づいている。
九点のうち、洗濯女がこちらを向いた絵はない。
近づいても、目は合わない。
見ているのは、手元か、あるいは何もない床である。
働く人の絵は、たいてい目を伏せている。
こちらを見返す絵は、肖像画と呼ばれることが多い。
同じ人物でも、視線の向きで絵の名前が変わる。
この一枚は、題で習作と名乗り、分類の札で肖像と呼ばれている。
記録の中でも、二つの呼び名が同居している。
寸法は73×59.1センチ。
大きな絵のための習作にしては、堂々とした大きさである。
1956年に、収集家夫妻の寄贈で館へ入った。
干すのは、月の光で
八点目は、夜である。