美術史・技法

洗うか、干すか——ルペール・ドガ・広重ほか九点の洗濯

メキシコの洗濯場
ウィリアム・ヘンリー・ホームズ《メキシコの洗濯場》1895年。館の記録では、水彩。15.9×12.1センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ウィリアム・ヘンリー・ホームズ《メキシコの洗濯場》スミソニアン協会蔵

手のひらに載るほどの、小さな紙である。

高さ15.9センチ、幅12.1センチ。

浅い流れのほとりに、女が二人かがんでいる。

手前の一人は、白い布を石の上に置いて押している。

頭には布を巻き、袖をまくり上げている。

背中の丸みが、力の入れどころを教えてくれる。

奥の一人は、水の中に手を入れている。

岸には、洗い終えた布が広げられている。

背景の丘は、明るい緑と黄で軽く塗られただけである。

紙の下の隅に、題らしい字が書き込まれている。

館の記録は、作者と年と技法と寸法だけの短いものである。

だから、この川がどこの川かは分からない。

分かるのは、洗濯の姿勢が、土地を超えて同じだということである。

かがみ、腕を伸ばし、布を石に押しつける。

セーヌの洗濯船でも、エトルタの浜でも、この形は変わらない。

道具が水と石だけなら、体の使い方も同じになる。

洗剤も機械もない仕事は、地域が違っても同じ形に落ち着く。

石は台になり、流れはすすぎの水になる。

九点のうち、機械らしいものが写る絵は一点もない。

道具がその人の仕事を示すという回の言い方を借りれば、ここでの道具は川そのものである。

抱えて運ぶのも、洗濯である

五点目は、街の中の洗濯女である。

洗濯女
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《洗濯女》1888年。館の記録では、白い下地を塗った灰色の厚紙に、黒と灰の淡彩と白の絵の具、ところどころ掻き落とし。紙は75.9×63.1センチ。番号は1952.113。クリーヴランド美術館蔵。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《洗濯女》クリーヴランド美術館蔵

黒と白だけの絵である。

画面の右手に、若い女が立っている。

胸の前に、大きな籠を抱えている。

籠は洗い物でふくらみ、体が後ろへ反っている。

左のほうには、荷を積んだ荷車と、馬の姿。

その向こうに、人影がいくつも並ぶ。

地面には長い影が伸びている。

線は速く、輪郭のあちこちが掻き落とされて白く光る。

館の記録では、この絵はパリの夏についての記事のための挿絵だった。

暑さを避けて人が街を出るあいだ、街に残る低賃金の働き手。

その姿を描いたのだという。

白黒で複製されると決まっていたので、墨を薄めて塗り、削って白を出した。

まず板を白く塗り、そこを削り、黒インクで描く。

そうやって階調を作ったと、豆知識の欄が説明している。

つまりこの絵は、印刷されるために作られた絵である。

紙は75.9×63.1センチと、九点でいちばん大きい。

雑誌の小さな図版のもとが、これだけの大きさで描かれていた。

来歴の欄には、批評家ロジェ・マルクスの名がある。

世紀の変わり目に、この画家の作品を誰よりも集めた人だという。

干す場所が、店の中にある

六点目は、洗濯屋の中である。

洗濯女たち
エドガー・ドガ《洗濯女たち》1879年から80年。館の記録では、エッチングとアクアチント。画面は11.6×15.7センチ。紙は21×23.8センチ。番号は2020.223。クリーヴランド美術館蔵。エドガー・ドガ《洗濯女たち》クリーヴランド美術館蔵

暗い部屋である。

上のほうに、白い布が何枚も垂れ下がっている。

物干しの綱が、天井の近くを横切っているらしい。

その下で、女たちが働いている。

一人は台に向かって身をかがめる。

もう一人は、腕を上げて布を掛けている。

右下の隅には、洗い物の山が積み上がっている。

画面は11.6×15.7センチと、手のひらほどしかない。

館の記録では、ドガが銅版画を試したのは1875年ごろから1880年ごろまでの短い間である。

洗濯女を主題にした唯一の版画だという。

当時の小説で人気の主題でもあったと記録は書く。

かがんだ姿勢と、右下の洗い物の山の大きさ。

その二つで、この仕事の重さを示したという。

豆知識の欄には、道具のことが書かれている。

彫るための針だけでなく、針金の刷毛や、両端のとがった帳簿用のペンまで使った。

洗濯屋の湯気と暗がりを、変わった道具で引っかき出したことになる。

九点のうち、屋根の下の洗濯はこの一点だけである。

川辺の仕事が、店の仕事に変わっていく時代の一枚でもある。

紙の裏には、赤インクの印が押されている。

画家の工房の印だと記録は書く。

つまりこの一枚は、画家の手元に残っていた。

売り立てに出たのは、画家の死後である。

版画は摺れば増えるが、摺らずに残ることもある。

洗濯女の顔を、正面から描く

七点目は、人の絵である。

洗濯女、習作
カミーユ・ピサロ《洗濯女、習作》1880年。館の記録では、油彩・カンヴァス。73×59.1センチ。番号は56.184.1。メトロポリタン美術館蔵。カミーユ・ピサロ《洗濯女、習作》メトロポリタン美術館蔵

緑の壁を背に、女が一人座っている。

青い上着に、黄色い頭巾。

腕を組むように前で重ね、視線は下へ落ちている。

顔には、はっきりした年輪が刻まれている。

背景は縦の筆で、緑と青がぶつかり合う。

手も顔も、粗い筆のまま置かれている。

洗い物も、桶も、水も描かれていない。

この人が洗濯女だと分かるのは、題があるからである。

館の記録の分類は、肖像と女の二語である。

題は、洗濯女、習作。

つまりこれは、大きな絵のための下ごしらえだった。

ここまでの六点で、洗濯女はいつも遠くにいた。

風景の中の点であり、階段の途中の姿であり、暗い店の影だった。

この一点だけが、顔の高さまで近づいている。

九点のうち、洗濯女がこちらを向いた絵はない。

近づいても、目は合わない。

見ているのは、手元か、あるいは何もない床である。

働く人の絵は、たいてい目を伏せている。

こちらを見返す絵は、肖像画と呼ばれることが多い。

同じ人物でも、視線の向きで絵の名前が変わる。

この一枚は、題で習作と名乗り、分類の札で肖像と呼ばれている。

記録の中でも、二つの呼び名が同居している。

寸法は73×59.1センチ。

大きな絵のための習作にしては、堂々とした大きさである。

1956年に、収集家夫妻の寄贈で館へ入った。

干すのは、月の光で

八点目は、夜である。