美術史・技法

洗うか、干すか——ルペール・ドガ・広重ほか九点の洗濯

洗濯の絵を九点集めると、絞る場面も畳む場面も一つもなかった。あるのは水に触れる瞬間と、布が空にさらされる瞬間だけである。月の光で晒す修道院の庭、セーヌの洗濯船の階段、そして洗濯物にそっくりな干瓢の綱まで数える。

洗濯女たち
オーギュスト・ルイ・ルペール《洗濯女たち》クリーヴランド美術館蔵

白いものを、抱えて階段を上がる

石の階段を、女が二人上がってくる。

手前の一人は、大きな白い包みを片手に提げている。

包みは膝より大きく、腕がその重みで引っ張られている。

顔には深い皺があり、口はきつく結ばれている。

その後ろに、若い女がいる。

赤い柄の上着に、青い巻きスカート。

こちらは身軽で、手ぶらのまま階段の途中にいる。

奥には、鉄の手すりと、川ぞいの並木が見える。

二人の姿勢は、ほとんど鏡に映したように似ている。

左上の余白に、赤い字の書き込みがある。

洗濯女たち
オーギュスト・ルイ・ルペール《洗濯女たち》1893年。館の記録では、色刷りのソフトグラウンド・エッチングとアクアチント。画面は38×21.5センチ。版の跡は39.3×22.7センチ。番号は1955.451。クリーヴランド美術館蔵。オーギュスト・ルイ・ルペール《洗濯女たち》クリーヴランド美術館蔵

館の記録では、二人はセーヌ川の洗濯船から階段を上がってきたところである。

洗濯船は、川に浮かべた洗い場である。

集めてきた洗い物を、料金を払って洗う場所だったという。

川は、あらゆる廃物の受け皿でもあった。

洗濯がそこで行われる不衛生さは、当時の人々の心配の種だったと記録は書く。

そして記録は、二人の対比を読む。

若い洗濯女と、この仕事で年を重ねた洗濯女。

似た姿勢と、強い色と沈んだ色の対比が、時の流れを思わせるという。

その意味を、左上の書き込みが念押ししている。

館の訳では、若さは早く過ぎる、徳を、と読める。

働く姿に、教えの言葉が添えられているわけである。

さて、洗濯は水と布の仕事である。

洗い、絞り、干し、畳み、伸ばす。

どの段階が絵になり、どの段階が絵にならなかったのか。

九点を並べて、数えてみたい。

川で洗い、川べりに広げる

二点目は、川辺の朝である。

ゴワイヤンの洗濯女たち
エイベル・ジョージ・ワーショースキー《ゴワイヤンの洗濯女たち》1917年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで64.8×81.3センチ。額を含めて77.5×93.5×9センチ。番号は1920.277。クリーヴランド美術館蔵。エイベル・ジョージ・ワーショースキー《ゴワイヤンの洗濯女たち》クリーヴランド美術館蔵

石造りの家が、川の向こうに並んでいる。

屋根は青灰色、壁は明るい灰色である。

家の前の岸は、緑の草と木立でふさがれている。

水面は、紫と青と緑の細かい筆で埋められている。

その岸辺に、小さな人影がかがんでいる。

白いものが、水際に点々と置かれている。

洗った布を、草の上に広げているらしい。

絵の主役は、どう見ても家と水と木である。

洗濯女たちは、画面の隅の点にすぎない。

それでも題は、洗濯女たち、と言い切る。

館の記録は短く、署名と年記のことしか書いていない。

作者はクリーヴランドで育ち、フランスに渡って描いた画家である。

記録の分類は、クリーヴランド派、となっている。

アメリカの町の名を背負った画家が、フランスの川で洗濯を見ている。

労働の場面が、風景の一部として画面に溶けている。

近づけば仕事の絵、離れれば村の絵。

その両方が、同じ一枚に同居している。

左下には、名と年記の署名がある。

この絵は1920年に、地元の美術団体の寄贈で館へ入った。

描かれた三年後である。

同時代の絵が、同時代のうちに市民の手で美術館に納められた。

洗濯の場面が、そういう扱いを受ける時代になっていた。

十七世紀なら、風俗の絵は居間に掛かるものだった。

十九世紀の終わりからは、美術館の壁にも掛かる。

画題の格が、静かに上がっている。

浜が、干し場になる

三点目は、海辺である。

エトルタの浜辺の洗濯女たち
ウジェーヌ・ブーダン《エトルタの浜辺の洗濯女たち》1894年。館の記録では、油彩・板。37.2×54.9センチ。額を含めて52×69.5×5センチ。番号は1970.17.17。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ウジェーヌ・ブーダン《エトルタの浜辺の洗濯女たち》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

左手に、大きな白い崖がそびえている。

崖の裾には、海へ突き出した岩の門が開いている。

海は青く、遠くに帆が三つ四つ浮かぶ。

そして手前の浜に、人と布がぎっしり広がっている。

女たちは腰を折り、布を石の上に伸ばしている。

白い布が、砂利の上で長い帯になっている。

人と布の群れは、画面の下三分の一を埋めている。

崖の高さと、しゃがんだ背中の低さ。

その差が、この絵のいちばんの見どころだろう。

館の記録は、作者と題と年と寸法しか書いていない。

だから、この浜が洗濯場として使われた事情までは分からない。

分かるのは、海の水と、砂利の広さと、日の光である。

洗った布を広げる場所には、平らで乾いた面が要る。

浜は、それを無料で貸してくれる。

名所の絵葉書のような崖の下に、洗濯の日常が敷かれている。

板は横54.9センチと小さい。

小さな板の中で、名所と労働が並んでいる。

崖の門は、多くの画家が描いた有名な形である。

その同じ景色に、ブーダンは働く背中を敷き詰めた。

眺めのための海と、仕事のための海。

一枚の板が、その二つを重ねて持っている。

この絵は、収集家の集めた一群から館へ入った。

そして九点のうち、いちばん人数の多い画面でもある。

数えようとすると、途中で分からなくなる。

白い布と背中が、区別できないほど混ざっているからだ。

洗濯場は、メキシコにもある

四点目は、水彩である。