凍った水は、道になる——ファン・デル・ネール・アーフェルカンプほか九点
水が凍ると、人はその上を歩ける。凍った水の絵を九点集めると、六点で氷の上に人がいた。滑る、渡る、洗う。氷そのものは灰色の面でしか描けず、人が乗って初めて氷に見える。乗れない氷河、器の文様になった氷裂、雪解けの積みわらまで、ひと冬だけの広場と道をたどる。

水の上に、人が出ている
冬の川べりである。
手前に、葉を落とした木が高く立つ。
左手の岸には家々が建ち、木立が黒く茂っている。
空は画面の半分以上を占め、大きな雲が流れていく。
その下の川面に、人が大勢出ている。
歩く人、滑る人、立ち止まって話す人。
手前の人は影のように濃く、遠くの人ほど淡い。
人影は小さくなりながら、画面の奥までずっと続く。
ここは水の上である。
夏なら、舟でしか行けない場所である。
いまは、誰もが自分の足で立っている。
水が凍ったからである。

題に、オランダの冬とある。
1645年の絵である。
出所の欄には、コーコラン・コレクションとある。
別の収集から美術館へ引き継がれた一枚だと、その一行が教えている。
収蔵番号が2014で始まるのは、受け入れの年を映すからだろう。
川が凍れば、渡し舟はいらない。
対岸まで、まっすぐ歩けばよい。
水面は、ひと冬だけの広場になる。
絵の人々は、そのことをよく知っている様子である。
氷の上の人出は、この画家の得意の主題だったのだろうか。
この作品の記録に解説の文はなく、それは分からない。
分かるのは、画面に描かれていることだけである。
では、この絵の氷そのものは、どう描かれているか。
目を凝らしても、灰色がかった明るい面である。
雲の下の空の明るさを、鈍く映しているだけである。
白ければ雪の野と変わらず、暗ければただの水と変わらない。
面の色だけでは、凍った水は凍った水に見えないのである。
では画家は、何をもって氷を描いたのか。
人である。
水のあるはずの場所に人を立たせれば、そこは氷になる。
奥行きも、氷の色ではなく、遠ざかる人の小ささが作っている。
凍った水の絵を九点集めて、氷の上に何が乗っているかを数えたい。
氷そのものの描き方も、あわせて見ていく。
氷の上の遊び
同じ低地の、少し古い一点から見ていく。

冬枯れの木立の間に、凍った水面が広がる。
手前の木は枝の一本一本まで描き込まれ、空に網の目を作る。
滑る人々は奥へ行くほど小さく、明るい氷の面に点になって散る。
そして奥には、塔のある城がそびえる。
題は、その城のことを空想と断っている。
実在の場所の写生ではない、ということである。
冬景色という絵の型がまずあって、氷はその舞台として敷かれている。
どこの氷でもない氷が、ここにはある。
記録の主題の欄には、城、男、女、スケート、冬と並んでいる。
空想の城も、欄の上では実在の城と区別が付かない。
記録の寸法欄には、数字が二組並ぶ。
足し板を含めた全体と、描かれた面である。
小さな板の絵は、あとから縁を足されて少し大きくなった。
手を加えられながら、四百年を生き延びてきた板である。
氷の上の遊びは、織物にもなった。

横幅が4メートル近い、大きな織物である。
織ったのは、パリのゴブラン製作所である。
記録の作者の欄には、工房の名と、その設立の年が書かれている。
羊毛と絹に、金の糸まで織り込まれている。
凍った湖の面は明るい糸で広く織られ、人々の衣の赤や青がその上に散る。
館の記録では、氷遊びはネーデルラントで広まった冬の楽しみだった。
身分も年齢も問わず、人々が氷に興じたとある。
もう滑っている者、転ぶ者、これから靴に刃を結ぶ者。
火鉢を囲んで暖まる者もいる。
手前では、寄り添う二人が手をつないで歩く。
凍った湖の向こう岸には、城が建つ。
左の遠くでは家が燃え、梯子と鉤を持った人々が駆けつけている。
木の家を暖炉で暖めた時代、冬は火事の季節でもあったと記録は書く。
氷の楽しみの隅に、冬の危うさが小さく織り込まれている。
この織物は、上の端が少し失われているという。
城の頂と煙の切れ方で、それが分かるのだそうである。
年代の欄も面白い。
図案は1535年ごろ、織られたのは17世紀の半ばから後半とある。
百年以上のちの注文にも応えたのだから、図案は長生きした。
氷の上の遊びは、それだけ長く絵の型であり続けたことになる。
来歴の欄によれば、この織物はスコットランドの城に掛かっていた。
1923年にニューヨークで売り立てられ、のちに館へ贈られた。
贈り主の欄には一家の名が並び、両親を偲んでの寄贈だとある。
凍った湖の織物が、海を渡り歩いてきたことになる。
ここで、氷の広場の性質を一つ書いておきたい。
氷の広場には、持ち主がいない。
夏のあいだ、川は舟のもの、湖は漁のものである。
凍ったとたん、水面は誰の足も拒まなくなる。
織物の記録が身分も年齢も問わずと書くのは、そのことだろう。
一年の内で、水の上がいちばん開かれる季節が冬だった。
19世紀のアメリカにも、氷の広場はある。