目が合う肖像と、合わない肖像——ハンネマン・ブロンズィーノ・モディリアーニほか九点

館の記録は、額の寸法まで書いている。
62.9×53.7×4.4センチである。
途中で止まった絵にも、額が付けられている。
そして、その額の寸法が記録に残る。
館に入った時点の状態が、そのまま欄になる。
これは、途中で止まっている絵である。
顔と髪だけが、しっかり塗られている。
首から下は、細い線が数本引かれているだけだ。
襟の形と、肩の線が分かる程度である。
背景も塗られていない。
黄土色の地が、そのまま出ている。
右上に、署名らしい文字と年が書かれている。
顔は横に近い角度を向く。
耳に、輪の飾りが一つ下がる。
目は、画面の左へ向いている。
こちらは見ていない。
この一点が教えるのは、描く順序である。
肖像は、顔から塗られる。
体と背景は、あとに回される。
そして、途中で止めても、顔さえあれば肖像に見える。
館の記録は、この状態を未完成とは書いていない。
寸法と技法と番号を、いつもどおり並べているだけである。

技法の欄が、ほかの八点と違う。
湿板の陰画から作った塩紙の印画、と書かれている。
ガラスの板に薬を塗り、濡れているうちに撮る。
それが陰画になる。
その陰画を紙に重ね、光を当てて焼き付ける。
紙は、塩を含ませたものを使う。
だから、像は紙の繊維に染み込む。
表面に膜が乗る後年の写真と、見え方が違う。
輪郭がやわらかく、黒が茶色に寄る。
この一点も、黒い上着が茶色がかって見える。
九点のうち、これだけが写真である。
椅子に座った男が、上半身だけ写る。
黒い上着、白い襟、首に巻いた黒い布。
右腕を椅子の背に載せ、左手を顔の近くに上げる。
指を軽く曲げている。
画面は楕円に切り抜かれている。
目は、こちらを見ていない。
やや左の、遠いところを見ている。
館の記録によれば、写っているのは作曲家である。
そして、この写真には署名がある。
有名な写真家の弟が、兄と同じ名で署名したという。
館の記録は、そのことをはっきり書いている。
台紙には、撮影の日付らしい書き込みも残る。
写真の肖像は、絵の肖像と一つ違う点がある。
写された人は、その場にいた。
絵の場合、顔は記憶や下絵から起こせる。
写真の場合、光がそこに届いたことが条件になる。
それでも、目を合わせるかどうかは選べる。
この一点は、合わせない方を選んでいる。
目の描き方が変わると、何が変わるか

館の記録には、来歴の最初にパリの画商の名がある。
そして、その画商の札が、絵の裏に残っているという。
札は、絵の来歴を示す物証になる。
だが、描かれた人が誰かは、それでも分からない。
首が長い。
顔は縦に伸び、鼻の線も長い。
赤みのある髪が、頭の左右で広がる。
黒い上着に、白い襟の内側がのぞく。
胸に、丸い飾りが一つ下がる。
背景は、赤茶色の面と暗い面に分かれている。
目は、こちらを向いている。
ただし、瞳の形が普通ではない。
輪郭がはっきりせず、青みのある面として置かれている。
だから、目は合うのに、焦点がどこにあるか分からない。
見返されているのに、見られていない感じが残る。
館の記録によれば、この人物が誰かは分かっていない。
作者は、友人の画家や詩人を多く描いたと記録は書く。
だが、この一点については名前がない。
署名は、画面の右上にある。
見返す目は、どう塗られているか
目が合う五点を、もう一度見比べた。
共通しているのは、白目が塗り分けられていることである。
黒目のまわりに、明るい面が左右に出る。
そして、黒目の中に小さな明るい点が置かれる。
その点があると、目が濡れて見える。
点の位置は、五点とも同じ側だった。
いずれも、向かって左上である。
光を左上から当てた、という設定になっている。
第十九回で、影の向きから光の位置を読んだ。
影の話と、同じ読み方が目にも使える。
目が合わない四点は、この点の扱いが違う。
老女の絵では、点は入っているが、黒目が横を向く。
途中で止まった絵では、目の周りがまだ塗り込まれていない。
写真では、光の点は作れない。
そこにあった光が、そのまま出るだけである。
芭蕉の絵には、白目そのものがない。
線が二本あるだけである。
つまり、目を合わせるには手数がいる。
白目を分け、黒目を置き、光の点を打つ。
三つ揃って、はじめて見返す目になる。