眠ることと、横たわることは違う——春信・ピルス・ベロックほか九点
横たわる体を、練習する

館の記録には、額の寸法がない。
絵そのものの寸法だけが書かれている。
九点のうち、額の寸法が記録にあるのは一点だけだった。
同じ館でも、作品によって書く欄が違う。
横長の画面である。
人物が、こちらへ背を向けて横たわる。
体は右下から左上へ、斜めに置かれる。
背中の線が、大きな曲線を描く。
黒い髪が、背中へ長く垂れる。
体の下に、白い布がある。
その下は、赤みのある褐色の面である。
背景の上のほうは、緑がかった暗い色。
そして、画面の縁に近い部分は、塗られていない。
下地が透けている。
館の記録は、この点に触れている。
多くの部分が薄塗りか、まったく塗られていないという。
だから、完成作ではなく習作だろうと書かれる。
そして館は、この姿勢が当時の有名な絵を思わせるとも記す。
これは館の見解である。
こちらで確かめられるのは、塗りが均一でない、ということだ。
第二回で、途中で止まった肖像を見た。
そこでは、顔だけが仕上げられていた。
ここでは、体だけが仕上げられている。
習作は、必要な部分だけを塗る。

写真である。
長椅子の上に、人物が横たわる。
こちらへ背を向ける。
体は右から左へ、斜めに置かれる。
頭は右にあり、腕を枕にする。
背景に、大きな布が垂れる。
その布に、太い襞が寄る。
床にも、布が広がる。
画面の四隅は、切り落とされている。
八角形に近い形になっている。
館の記録によれば、この作者はもと水彩と細密画を描いていた。
そして、1851年までにパリで商業の写場を開いたという。
肖像と、体の習作を専門にしたと記録は書く。
さらに館は、決まった小道具を使ったとも書く。
長椅子と布が、その道具である。
これは館の記述である。
先の油彩と、姿勢がよく似ている。
背を向け、斜めに横たわり、腕を枕にする。
十四年しか離れていない。
写真と絵で、同じ型が使われている。
どちらが先かは、この二点からは決められない。
線だけの、横たわる体

白い紙に、ごく薄い線がある。
線は細く、途切れがちである。
左に、頭がある。
顔は、輪郭と目の位置が示される程度だ。
そこから右へ、体の線が伸びる。
肩、腰、脚と続く。
腰のあたりで、線が大きく膨らむ。
脚は、右へ流れて消える。
紙の下のほうに、小さな書き込みがある。
背景は、まったくの白である。
床も、寝具もない。
それでも、横たわっていると読める。
体の線が水平に近いからである。
前の回でも、同じことを書いた。
姿勢は、体の各部の角度で読める。
支えるものが描かれていなくても伝わる。
第九回と第二回で、この作者の作品を見た。
衣を着ない体の話で扱った一点は、油彩だった。
こちらは、その三年前の素描である。

小さな油彩である。
左右に、細い幹の木が何本も立つ。
その間に、明るい草地が広がる。
奥に、水面が光る。
右のほうに、人が一人横たわる。
黒っぽい服を着て、白い帽子をかぶる。
上半身を少し起こし、肘をつく。
顔は下を向く。
草には、白い小さな花が点々と散る。
奥に、低い柵と、屋根が見える。
館の記録には、制作年がない。
年不明と書かれている。
九点のうち、年が分からないのはこの一点だけである。
この人物は、眠っていない。
肘をついて上半身を起こしている。
横たわりながら、起きている姿勢である。
九点のうち、この姿勢は一点だけだった。
語で拾うと、こうなる

九点の最後は、まったく関係のない一点である。
縦長の版画である。
女が一人、前かがみになる。
黒い髪を高く結い、多くの簪を挿す。
灰色と赤の衣を重ねる。
左下に、丸い鏡らしいものがある。
右上に、四角い札があり、文字が書かれる。
顔は下を向き、口元に指を当てる。
化粧をしているところである。
眠ってもいないし、横たわってもいない。
ではなぜ、この一点が集まったのか。
理由は、記録の英語の題にある。
「化粧をする」という語の中に、横たわるという語の綴りが含まれている。
語の一部が、たまたま一致した。
機械で拾うと、こういうことが起きる。
第十九回でも、似た外れが出た。
谷の名が花束の語を含み、人名が鷹の語を含んでいた。
今回は、語の中に別の語が入っていた形である。
外れではあるが、削らずに残した。
記録を語で検索することの限界を、この一点がよく示すからである。
そして、削らなかったおかげで気づいたこともある。
この女性の姿勢は、うつむいて体を折っている。
眠る人の姿勢と、輪郭がよく似ている。