眠ることと、横たわることは違う——春信・ピルス・ベロックほか九点
眠る人は、顔を見せない
眠る四点の顔を見比べた。
顔がはっきり見えるのは、二点だけである。
版画の少女と、黒い画面の子どもだ。
どちらも、目を閉じている。
残る二点は、顔が見えない。
羊飼いは腕に顔を伏せ、鳥は頭を胸に埋める。
眠ると、顔は隠れる方向へ向かう。
体を丸め、頭を下げるからだ。
これは、絵にとって都合の悪いことでもある。
第二回で、肖像は顔から描かれると書いた。
視線の話で見たとおり、顔は情報の中心である。
その顔が隠れると、何を見せるかが問題になる。
九点の答えは、二つに分かれた。
一つは、体の輪郭を見せる方法である。
背中の曲線、丸まった肩、伸びた脚。
習作の三点は、いずれもこれを選んでいる。
もう一つは、まわりを見せる方法である。
眠っている人のまわりに、何を置くか。
羊飼いの一点では、馬と羊と犬と日よけが置かれる。
小川のほとりの一点では、木立と水と花が置かれる。
眠る人は動かないので、まわりが場面を作る。
顔が見えないぶん、周囲の情報が増えている。
九点のうち、周囲が細かく描かれているのは、その二点だった。
横たわる体は、画面を横に使う
九点の画面の形を数えた。
横長が五点、縦長が三点、正方形に近いものが一点。
横たわる五点のうち、四点が横長の画面である。
これは当然でもある。
横たわった体は、横に長い。
縦長の画面に置くと、両端が切れる。
あるいは、斜めに置くことになる。
九点でも、斜めに置かれた例が二点あった。
写真の一点と、油彩の習作である。
どちらも、右下から左上へ体を伸ばしている。
斜めに置くと、対角線の長さが使える。
横に置くより、長い体が入る。
そして、画面に動きが出る。
水平に置くと、静かに見える。
斜めに置くと、落ち着かない。
第十九回で、道が奥へ入る話を書いた。
斜めの線は、奥行きを作る働きもある。
体を斜めに置けば、頭と足で奥行きの差が生まれる。
九点のうち、はっきり水平に置かれているのは素描の一点だけだった。
そちらは、床も背景もない。
奥行きの手がかりが、そもそもない。
何の上に横たわるか
座る回では、座る場所を数えた。
横たわる場合も、同じことができる。
九点のうち、横たわる五点を見た。
地面か草の上が二点。
布を敷いた上が二点。
長椅子が一点。
そして、何も描かれていないのが一点。
数が合わないのは、素描の一点を二重に数えたからである。
そちらは、下に何もない。
布を敷く二点は、いずれも習作である。
油彩の習作と、写真の習作。
どちらも、白い布を体の下に置いている。
これには理由がありそうだ。
白い布は、肌の色を引き立てる。
そして、皺が明暗を作る。
第九回で、衣を着ない体の絵に布が多いと書いた。
九点のうち六点に布があった。
ここでも、同じ役割で布が使われている。
草の上に横たわる二点は、習作ではない。
場面のある絵である。
そこでは、布ではなく草が体を受けている。
九点を並べて、数えられたこと
横たわっているのは五点。
眠っているのは四点。
その両方に当てはまるのは三点である。
眠っているが横たわっていないのが一点。
鳥である。
横たわっているが眠っていないのが二点。
素描の一点と、肘をつく一点。
そして、どちらでもないのが一点。
語の一致で入った版画である。
体の向きも数えた。
こちらへ背を向けるものが二点。
腹を上に向けるものが一点。
横向きが三点。
材料も数えた。
紙が四点、布が二点、板が一点、絹が一点、写真が一点。
眠る人を描くには、時間が要らない
眠っている人を描くのは、起きている人を描くより楽である。
動かないからだ。
第十一回で、立つ姿を写真に撮る例を見た。
立つ話では、七枚の写真が資料だった。
長く立たせるのは、写される側に負担がある。
横たわっていれば、負担は小さい。
そして、眠ってしまえば、待たせている感覚もなくなる。
写真の一点は、1855年ごろの作である。
この時期の写真は、露光に時間がかかった。
数秒から、条件によってはもっと長い。
そのあいだ、動いてはならない。
横たわる姿勢が選ばれるのは、そのためでもあるだろう。
長椅子に体を預ければ、支えなくてよい。
館の記録は、そこまでは書いていない。
書かれているのは、決まった小道具を使ったという事実である。
長椅子と布。
その二つが、姿勢と露光の両方を支えている。
道具は、絵の中の飾りであると同時に、撮影の条件でもある。
このことは、絵の習作にも当てはまる。
油彩の習作でも、人物は布に体を預けている。
支えがあれば、長い時間そのままでいられる。
姿勢の選択には、こうした事情が絡む。
館の記録は、そこを書かない。
書かれるのは、できあがった姿勢だけである。
記録に書かれていないこと
館の記録は、眠っているかどうかを題に書く。
九点のうち五点で、題に眠るか横たわるの語が入る。
だが、目を閉じているかどうかは、たいてい書かれない。
そして、眠りの深さも書かれない。
うたた寝なのか、夜の眠りなのか。
九点のうち、夜の場面と分かるのは一点だけである。
残りは、明るい場所で眠っている。
昼寝である。
これは、少し意外だった。
眠りといえば夜だと思っていたからだ。
だが、絵に描かれる眠りは昼が多い。
理由は想像がつく。
夜は暗く、描いても見えない。
明るい場所で眠っている人のほうが、絵になる。
第十九回で、夜の色を扱った。
夕方の話で見たとおり、暗さは色でしか示せない。
眠りの絵が昼に偏るのは、そのためだろう。
次の回は、動いている体を見る。
止まった画面で、動きをどう示すかを数えたい。










