画家を知る

縦八センチの象牙に、顔を置く——エドワード・グリーン・マルボーン

縦八センチほどの楕円の中で、顔は三センチしかない。象牙の薄板に水彩で描く技法と、その材料の来歴に触れながら九点を見る。三十歳で亡くなった画家が、その短い期間に何を積んだかを確かめる。色のない記録写真しかない一点も、そのまま紹介する。

ジェームズ・ラウンズ夫人(キャサリン・オズボーン)
エドワード・グリーン・マルボーン《ジェームズ・ラウンズ夫人(キャサリン・オズボーン)》メトロポリタン美術館蔵

縦八センチの楕円

一枚の細密画から始めたい。

ジェームズ・ラウンズ夫人(キャサリン・オズボーン)
エドワード・グリーン・マルボーン《ジェームズ・ラウンズ夫人(キャサリン・オズボーン)》1801年。水彩・象牙。縦7.9センチ、横6.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金、1914年購入。この作品は色のない画像で公開されている。エドワード・グリーン・マルボーン《ジェームズ・ラウンズ夫人(キャサリン・オズボーン)》メトロポリタン美術館蔵

楕円形の画面である。

縦7.9センチ、横6.4センチ。

手のひらに載る大きさである。

その中に、若い女性の胸像がある。

髪は短く縮れ、額の上で膨らむ。

顔は正面をやや外し、こちらを見る。

首は細く、肩がなだらかに下がる。

衣は白く、胸元が大きく開く。

袖には、細かい襞飾りがある。

背景は薄く、上のほうがわずかに暗い。

顔が、三センチしかない

この画面で、顔の縦幅は三センチほどである。

目は、五ミリに満たない。

その中に、瞳と白目とまつ毛が描かれる。

唇は、二本の線と赤みで示される。

鼻は、影だけで表される。

つまり、線をほとんど使っていない。

細かい点と、薄い色の重なりで作られている。

拡大鏡を使って描いたと考えられている。

描いた人について

エドワード・グリーン・マルボーンは、一七七七年に生まれた。

一八〇七年に没している。

三十歳になる前である。

短い生涯だが、その間に多くの細密画を残した。

米国の細密画家として、最も評価の高い一人とされる。

ロードアイランド州の出身で、各地を巡って注文を受けた。

チャールストン、ボストン、フィラデルフィア、ニューヨーク。

九点の注文主も、その各地に散っている。

三十歳で亡くなる

短い生涯であることは、作品の見え方に影響する。

九点の年代は、一七九五年から一八〇六年である。

つまり、十八歳から二十九歳までの仕事である。

最も早い一枚は、十八歳のときの作になる。

十代で職業画家として働いていたことになる。

当時としては、珍しくない。

徒弟として早く働き始め、二十代で独立する。

そして、三十歳で亡くなる。

九点は、その全期間に散っている。

象牙に、水彩で描く

技法欄は、九点とも同じである。

水彩・象牙。

象牙を薄く挽き、その上に水彩で描く。

象牙は白く、わずかに透ける。

だから、下から光が回ったように見える。

肌を描くのに、この性質が向いている。

薄く塗れば、象牙の白が透けて明るくなる。

つまり、材料そのものが肌の下地になる。

象牙という材料

象牙について、前回も書いた。

象の牙から作られる材料である。

十八世紀から十九世紀にかけて、大量に取引された。

その供給は、植民地での資源の収奪と結びついている。

現在、象牙の国際取引は厳しく制限されている。

つまり、いま同じ材料で作ることはできない。

美術館にある細密画は、その時代の産物である。

材料の来歴も、作品の一部として知っておきたい。

色のない画像で見る

九点のうち、七点は色のない画像で公開されている。

いずれも古い記録写真とみられる。

灰色の背景に、楕円の作品が置かれている。

細密画では、色が重要な要素である。

肌の透明感、衣の色、背景の調子。

それが分からないのは、惜しい。

一方で、白黒だと形がよく見える。

顔の輪郭、髪の流れ、襟の形。

色に邪魔されずに、造形だけを追える。

黒い上着の男

二点目は、男性の肖像である。

ジェームズ・G・アルミー
エドワード・グリーン・マルボーン《ジェームズ・G・アルミー》1798年ごろ。水彩・象牙。縦7.5センチ、横5.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。エドワード・ウォルデン・フォレスト遺贈、1927年。この作品は色のない画像で公開されている。エドワード・グリーン・マルボーン《ジェームズ・G・アルミー》メトロポリタン美術館蔵

男の胸像である。

髪は白く、頭の上で膨らむ。

粉をふった髪か、鬘だろう。

顔は正面を向き、こちらを見る。

首元には、白い布を高く巻く。

その結び目が、顎の下で膨らむ。

上着は黒で、襟が立つ。

背景は暗く、細かい斜めの線が入る。

背景に、線を引く

背景の斜めの線に注目したい。

細密画では、背景をこうして作ることがある。

象牙の上に、細い線を斜めに並べる。

その密度で、明暗を作る。

平らに塗ると、絵具が均一に乗らない。

象牙は水を弾くからである。

だから、線や点で埋める。

拡大すると、この網目が見える。

技法の制約が、背景の質感を決めている。

髪に粉をふる

この時代の男性の髪型にも触れておきたい。

白い粉をふった髪、あるいは白い鬘。

十八世紀の後半に流行した装いである。

十九世紀に入ると、次第に廃れる。

九点の男性像を見ると、白い髪と自然な髪が混ざる。

早い時期の作は白く、後年の作は自然な色である。

つまり、髪の色が年代の手がかりになる。

服飾は、細密画の年代推定にも使われる。

若い男の肖像

三点目も、男性である。

ジョン・ラングドン・サリヴァン
エドワード・グリーン・マルボーン《ジョン・ラングドン・サリヴァン》1797年。水彩・象牙。見える範囲で縦7センチ、横5.86センチ。メトロポリタン美術館蔵。ハリス・ブリズベイン・ディック基金、1938年購入。この作品は色のない画像で公開されている。エドワード・グリーン・マルボーン《ジョン・ラングドン・サリヴァン》メトロポリタン美術館蔵

若い男の胸像である。

髪は濃く、額の上で立ち上がる。

粉はふっていない。

顔はやや右を向き、目はこちらを見る。

首元には、白い布を巻く。

上着は黒で、襟が高い。

背景は非常に暗い。

右上に、明るい部分がわずかに見える。

雲か、幕だろう。

暗い背景を、どう作るか

この一枚の背景は、九点の中で最も暗い。

象牙の上に、濃い色を厚く置いている。

その結果、顔が強く浮き上がる。

一方で、暗い部分は経年で変色しやすい。

もとは、もう少し青みがあったかもしれない。

色のない画像では、そこも分からない。

分かるのは、明暗の配分だけである。

顔と襟だけが明るく、あとは暗い。

巻き毛の女性

四点目は、髪が印象的である。

ジョン・ナイチンゲール夫人(マーサ・ワシントン・グリーン)
エドワード・グリーン・マルボーン《ジョン・ナイチンゲール夫人(マーサ・ワシントン・グリーン)》1797年ごろ。水彩・象牙。縦6.8センチ、横5.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。モーゼス・ラザラス・コレクション、1888〜95年寄贈。この作品は色のない画像で公開されている。エドワード・グリーン・マルボーン《ジョン・ナイチンゲール夫人(マーサ・ワシントン・グリーン)》メトロポリタン美術館蔵

女性の胸像である。

髪は黒く、太い巻き毛が肩まで垂れる。

顔は正面を向き、目が大きい。

首は細く、白い衣が肩を覆う。

胸元には、襞の寄った白い布がある。

袖にも、細かい襞が見える。

背景は明るく、右上がやや暗い。

九点の中で、最も髪の描写が細かい。