縦八センチの象牙に、顔を置く——エドワード・グリーン・マルボーン
頭に布を巻く
八点目は、装いが違う。

若い女性の胸像である。
頭に、白い布を巻いている。
布は前で結ばれ、髪を覆う。
前髪だけが、額に出ている。
顔は正面をやや外し、目は大きい。
肩には、白い布が掛かる。
背景は、細かい点で埋められる。
九点の中で、最も小さい部類である。
縦6.4センチしかない。
頭巾という流行
頭に布を巻く装いは、当時の流行である。
十九世紀の初め、こうした形が広まった。
古代風の装いを意識したものだとされる。
同じ時期、衣も腰の位置が高くなる。
つまり、服飾全体が変わっていた。
九点の女性像を並べると、その変化が見える。
一七九〇年代の作と、一八〇〇年代の作。
髪型と衣の形が、はっきり違う。
点で埋める背景
この一枚の背景は、細かい点で埋められている。
線ではなく、点である。
筆先で、小さな点を無数に打つ。
その密度で、明暗を作る。
版画の技法にも、似た方法がある。
点描と呼ばれる手法である。
細密画では、この方法が広く使われた。
象牙の上では、点のほうが均一に乗るためだろう。
拡大すると、点の集まりがはっきり見える。
十八歳の一枚
九点目は、最も早い年代である。

金属の枠に収まった楕円である。
上部に、留め具が見える。
中には、男性の胸像がある。
髪は白く、耳の上で膨らむ。
顔は正面を向き、目が小さい。
首元には、白い布を巻く。
その下に、襞飾りが重なる。
上着は黒である。
背景は、明るい灰色である。
初期の作と、後期の作
この一枚は、一七九五年の作である。
画家が十八歳のときにあたる。
そして、五点目と七点目は一八〇六年。
つまり、十一年の開きがある。
初期の作は、線が硬い。
顔の輪郭が、はっきりと引かれている。
後期の作は、輪郭が溶けている。
肌と背景の境目が、ぼやける。
十一年で、描き方が変わっている。
輪郭を、消していく
この変化は、細密画の一般的な傾向でもある。
十八世紀の細密画は、線が明瞭である。
十九世紀に入ると、点と面が主になる。
輪郭線を使わず、色の重なりで形を作る。
その結果、柔らかい印象になる。
そして、大きな肖像画に近づく。
技法の変化が、様式の変化を生む。
九点を年代順に並べると、その移行が見える。
九点の年代
年代を整理したい。
一七九五年、一七九七年が二点、一七九八年が二点。
一八〇一年、一八〇二年。
そして、一八〇六年が二点。
つまり、十二年に散っている。
前半に五点、後半に四点。
均等に近い配分である。
短い生涯の全体が、九点で追える。
各地を巡る
マルボーンは、各地を巡って注文を受けた。
北部の港町から、南部の都市まで。
細密画は、その場で注文を受け、数日で仕上げられる。
だから、巡回に向いている。
大きな肖像画なら、何週間もかかる。
細密画なら、滞在中に何点も仕上げられる。
つまり、移動する画家にとって都合のよい形式である。
当サイトの
町から町へ、肖像を描いて回るでも、この働き方を扱った。
写真が来る前
細密画の需要は、十九世紀の半ばに急減する。
写真が普及したためである。
安く、速く、そして似ている。
つまり、細密画の役割を写真が奪った。
マルボーンが活動したのは、その前である。
肖像を持ち歩く手段が、絵しかなかった時代である。
九点は、その時代の産物である。
いま同じ用途を果たすのは、手元の画面の中の写真だろう。
九点の受け入れ年
来歴も見ておきたい。
一八九五年、一九一四年、一九二八年が二点。
一九三八年が二点、一九六三年が二点、二〇〇六年。
つまり、百年以上にわたって集まっている。
寄贈が五点、基金による購入が四点。
細密画は、家に伝わり、やがて館へ渡る。
その経路が、受け入れ年の散らばりに表れている。
小さいものを、どう展示するか
細密画の展示には、工夫が要る。
小さいので、遠くからでは見えない。
そして、光に弱い。
だから、低い照度の展示室に、近づいて見る形で置かれる。
拡大鏡が備え付けられることもある。
公開画像は、その代わりを務める。
画面上でなら、いくらでも拡大できる。
もっとも、象牙の透明感や、枠の金の輝きは伝わらない。
署名は、どこにあるか
細密画には、署名が入ることがある。
画面の端、あるいは裏面である。
小さいので、拡大しなければ読めない。
そして、枠に隠れることも多い。
そのため、帰属は様式による判断が中心になる。
肌の点の打ち方、背景の線の向き、輪郭の処理。
これらが一致すれば、同じ手と判断される。
マルボーンの作は、比較的判別しやすいとされる。
肌の透明感と、髪の描き方に特徴があるためである。
九点を、順に見る
見方を提案して、終わりたい。
九点の目だけを、順に見比べてほしい。
いずれも、こちらを見ている。
しかし、瞳の位置がわずかに違う。
中央にあるもの、内側に寄ったもの、外側に寄ったもの。
そのずれが、視線の強さを決めている。
瞳は、一ミリに満たない。
その一ミリの位置で、人柄の印象が変わる。
九点の顔は、いずれも三センチほどである。
その中の一ミリを見る。
それが、細密画の見方である。









