村の一場面を、絵にする——ウィリアム・シドニー・マウント
酒場の一場面
三枚目から、風俗画になる。

室内である。床は板張りで、光が斜めに差している。
奥の壁には棚があり、瓶が並んでいる。
左に暖炉のような造作があり、その上に物が置かれている。
画面の中央に、一人の男が立って踊っている。
片足を上げ、腕を大きく振り上げている。
その周りに、四人ほどが座って見ている。
椅子に腰かけ、体を前に傾けている者もいる。
右奥の戸口に、もう一人が立っている。
床には、帽子や道具が転がっている。
誰が、誰を見ているか
この絵については、事情を書いておく必要がある。
中央で踊っている人物は、肌の色が周囲と描き分けられている。
座って見ている人々は、白人として描かれている。
つまり、白人の客が黒人の踊りを見物する場面である。
十九世紀のアメリカでは、こうした図像が数多く作られた。
舞台の見世物とも結びついており、黒人を戯画化する型が広く流通した。
この絵がその型にどこまで乗っているかは、慎重に見るべきところである。
踊る人物の姿勢は誇張されており、見物する側は笑っているように見える。
一方で、顔立ちは戯画化されず、体は自然な比率で描かれている。
同じ画家の別の作では、黒人の人物が主役として、静かに描かれた例もある。
断定を避けたい理由
美術史の側でも、この画家の評価は割れている。
同時代の中では黒人を人間として描いた、という評価がある。
一方、見世物としての枠組みから出ていない、という批判もある。
当方は、そのどちらかに与する材料を持たない。
書けるのは、画面に何が描かれているかまでである。
中央に踊る人がいて、周りに見る人がいる。
その関係が、当時の社会の構造を反映している。
見る側と見られる側が、肌の色で分かれている。
その事実は、絵を見るときに外せない。
記録が示すこと
この作について、記録から分かることも書いておく。
シカゴ美術館の記録によれば、制作は1835年。
画面の左下、床の部分に署名と年記があるとされる。
来歴では、制作された1835年に個人が入手したことになっている。
その後、二十世紀に入って画商を経て別の個人の手に渡り、1939年に同館へ寄贈された。
つまり、この絵は制作直後から買い手がついていた。
こうした主題に需要があったということでもある。
需要の側も含めて、当時の状況を示す資料と言える。
賭けの場面
四枚目も、人の集まる場面である。

納屋のような場所である。奥に暖炉があり、火が見える。
中央に、大きな樽を横倒しにした台がある。
その上に、白いガチョウが横たえられている。
台の周りに、六、七人の男が集まっている。
一人が身を乗り出し、紙に何かを書いている。
他の者は、それを覗き込んでいる。
帽子をかぶった者、コートを着た者。
年齢も服装もさまざまである。
右端の男は、腕を組んで少し離れて立つ。
くじ引きという主題
くじ引きは、当時の農村でよく行われた催しだった。
一羽の家禽を賞品にして、参加者が金を出す。
賭けの一種であり、社交の場でもあった。
絵の主題としては、人物を一箇所に集められる利点がある。
しかも全員が同じ方向を見るので、視線が集中する。
その中心に白いガチョウがあり、画面で最も明るい。
構図としては、実によくできている。
十七世紀オランダの風俗画にも、似た構図がある。
当サイトの
ヤン・ステーンの記事でも見たとおりである。
板に描く
この一枚は、画布ではなくマホガニーの板に描かれている。
板は表面が硬く、細かい描写がしやすい。
画布のように織目が出ないので、筆が滑らかに走る。
小さい画面で細部を詰めるには、板のほうが向いている。
実際この絵は、寸法のわりに描き込みが細かい。
顔の一つずつが描き分けられ、手の動きも読める。
材料の選択が、絵の性質を決めている。
光の入り方
四枚目の光についても書いておきたい。
奥の暖炉に火があり、そこから暖色の光が来ている。
一方、左手前からは冷たい光が差し込んでいる。
戸口か窓が、画面の外にあるのだろう。
つまり、二つの光源が画面の中で交差している。
人物の顔は、片側が暖かく、反対側が冷たく照らされる。
この扱いは、室内画の技術としてかなり高度である。
一つの光源で描くほうが、はるかに簡単である。
二つにすると、影の方向が複雑になり、破綻しやすい。
それでも二光源を選ぶのは、画面が豊かになるからだ。
冷たい光と暖かい光が、同じ空間に共存する。
十七世紀オランダの室内画が得意とした表現でもある。
マウントがそれを学んだ経路は、当方には分からない。
版画による複製を通じて知った可能性はある。