美術史・技法

手のひらに、顔を持ち歩く——アメリカの肖像細密画

悼むための絵

二点目は、性格が違う。

メアリー・ロングの追悼
ジョン・ラメージ《メアリー・ロングの追悼》1794年。象牙に水彩、金のマーキーズ形ロケット。縦3.1センチ、横1.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・レイミッジ《メアリー・ロングの追悼》メトロポリタン美術館蔵

さらに小さい。縦3.1センチ、横1.9センチ。

縦横比が細長く、先の尖った楕円形をしている。

画面には、人物の顔がない。

代わりに、墓碑らしき四角い石が立っている。

その石に、文字が刻まれている。

石の左に、女性が身をもたせかけている。

うつむき、悲しむ姿勢である。

右には、垂れ下がる枝が描かれている。

柳だろう。悼みの図像としてよく使われた。

追悼の細密画

十八世紀の終わりごろ、追悼のための細密画が流行した。

亡くなった人を偲ぶために作られる品である。

墓碑、柳、うなだれる人物、壺。

決まった図像の組み合わせで構成される。

そして、故人の名前と没年が書き込まれる。

つまり、これは墓碑の携帯版である。

墓は動かせないが、これは持ち歩ける。

さらに、故人の髪を裏に納める例も知られている。

物としての近さが、追悼の道具になっている。

形が語る

この一点の形にも意味がある。

先の尖った細長い楕円は、指輪や首飾りによく使われた形である。

つまり、宝飾品としての形式に従っている。

絵の内容は喪に関わるが、形は装身具である。

悲しみを、身に着けられる形にする。

いまの目には奇妙に映るかもしれない。

しかし、記憶を物に託す習慣は、どの時代にもある。

職業画家の仕事

三点目からは、別の作者になる。

コーネリアス・ジョージ・ボウラー
エドワード・グリーン・マルボーン《コーネリアス・ジョージ・ボウラー》1795年ごろ。象牙に水彩。縦5.3センチ、横4センチ。メトロポリタン美術館蔵。エドワード・グリーン・マルボーン《コーネリアス・ジョージ・ボウラー》メトロポリタン美術館蔵

男性の胸像である。

白い襟巻きを首元で結んでいる。

その結び目が、大きくふくらんでいる。

上着は暗い色で、襟が高い。

髪は白く、額の上でまとめられている。

顔は正面をやや外れ、目はこちらを見ている。

背景は暗く、上部に淡い明るみがある。

制作は1795年ごろ。作者が二十歳前後のころにあたる。

若い専門家

この作者は、細密画を専門とした人である。

短い生涯のうちに、多数の作を残したと伝えられる。

アメリカ各地の都市を巡り、注文を受けた。

肖像画家が地方を巡回する仕組みは、当サイトでも
巡回する肖像画家で扱った。

細密画家も、同じように移動した。

小さな道具一式を持ち、宿に部屋を借り、注文を待つ。

大きな画材が要らないぶん、身軽である。

もう一点の肖像

四点目も、同じ作者の作である。

ジョエル・ロバーツ・ポインセット
エドワード・グリーン・マルボーン《ジョエル・ロバーツ・ポインセット》1801年。象牙に水彩。縦7.1センチ、横5.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。エドワード・グリーン・マルボーン《ジョエル・ロバーツ・ポインセット》メトロポリタン美術館蔵

先ほどより、やや大きい。縦7.1センチ。

若い男性の胸像である。

黒い上着を着て、白い襟巻きを巻いている。

髪は黒く、額に垂れている。

顔は正面を向き、目が大きい。

背景は淡く、雲のような形が見える。

肌の描写が、非常に細かい。

頬の赤み、唇の色、目の輝き。

六年の差

三点目と四点目は、六年の差がある。

比べると、描写が細かくなっている。

とくに、肌の階調が滑らかである。

若い作者が、腕を上げていく過程が見える。

もっとも、寸法も違う。

大きいほうが、細部を描き込みやすい。

技量の差なのか、条件の差なのか。

そこは断定できない。

目だけの絵

五点目は、九点で最も特異である。

マリア・マイルズ・ヘイワードの目
エドワード・グリーン・マルボーン《マリア・マイルズ・ヘイワードの目》1802年ごろ。象牙に水彩。直径1センチ。メトロポリタン美術館蔵。エドワード・グリーン・マルボーン《マリア・マイルズ・ヘイワードの目》メトロポリタン美術館蔵

直径1センチ。九点で最も小さい。

小指の爪ほどである。

その中に、片方の目だけが描かれている。

まぶた、まつげ、虹彩、白目。

そして、眉の一部と、こめかみの髪。

顔の他の部分は、いっさい描かれていない。

金の細い枠に収められている。

目の細密画

これは、当時実際に流行した形式である。

目だけを描いた細密画が、指輪や飾りに仕立てられた。

なぜ、目だけなのか。

一つの説明は、身元を隠せるからである。

顔全体なら、誰であるか分かってしまう。

目だけなら、本人と親しい者にしか分からない。

公にできない関係の記念として使われた、とも言われる。

もっとも、単に流行の形式だった可能性もある。

家族の目を描いた例も知られている。

一センチの中で

技術の話をしたい。

直径1センチの中に、目を描く。

まつげは、一本ずつ描き分けられている。

虹彩には、放射状の線が入っている。

瞳孔の縁には、光の点が置かれている。

この精度は、肉眼で可能だろうか。

当時、拡大鏡が使われた可能性は高い。

ただし、道具の記録は乏しい。

分かるのは、結果として残っている品だけである。

別の作者の一点

六点目は、また作者が変わる。

チャールズ・フロイド
ベンジャミン・トロット《チャールズ・フロイド》1804年ごろ。象牙に水彩。縦6.5センチ、横5.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。チャールズ・フロイド》メトロポリタン美術館蔵

若い男性の胸像である。

髪は黒く、大きく波打っている。

顔は斜めを向き、目だけがこちらを見る。

黒い上着に、白い襟巻き。

襟巻きは、首元で高く巻かれている。

背景は白に近く、ほとんど塗られていない。

象牙の地色が、そのまま生きている。

背景を塗らない

背景を塗らない扱いは、この分野でよく見られる。

象牙は白く、透明感がある。

その白を残せば、画面が明るくなる。

しかも、塗る手間が省ける。

一方、人物が宙に浮いて見える欠点もある。

それを避けるため、輪郭のまわりだけ薄く色を置くこともある。

この一点でも、頭の周囲がわずかに暗い。

わずかな処理で、人物が背景から分かれている。