作品を知る

雨の線を引いた画面は、二点——呂文英・ピサロ・ターナーほか九点

雨は細くて速い。九点で数えると、雨の線を引いているのは二点だけで、残りは調子と姿勢で示していた。雨の二点は縦長、嵐の四点は横長。偽の印と、消された署名と、贋作を作った画家の記録も出てくる。風の向きが分かるのは五点である。

風雨の江村
呂文英《風雨の江村》クリーヴランド美術館蔵

雨が、斜めの線になって降っている

一枚の掛幅に、風雨の村がある。

画面は170.5×103.4センチ。

軸端まで含めると279.6×134.3センチになる。

二メートル八十近い。

縦に長い画面である。

画面の全体を、斜めの線が覆っている。

線は右上から左下へ、平行に走る。

絹の地に、薄い墨で引かれている。

これが雨である。

その線の向こうに、木と家がある。

木は激しく左へたわむ。

枝と葉が、同じ方向へ流れる。

画面の下のほうに、川と舟がある。

舟には屋根が掛かり、人が身をかがめる。

岸には、二人が歩いている。

一人は笠を押さえ、一人は前かがみになる。

家の窓から、子どもが顔を出している。

館の記述が、その子どもについて触れている。

雨のなかを行く二人を見ているのかもしれない、と書かれている。

館の記述によれば、この画家は宮廷の画家だった。

そして、印にはその地位を示す言葉が刻まれている。

その印は、位の高い画家だけが使えたという。

風雨の江村
呂文英《風雨の江村》1480〜1507年頃。館の記録では、掛幅。絹に墨と淡彩。画面170.5×103.4センチ。軸端を含めて279.6×134.3センチ。番号は1970.76。クリーヴランド美術館蔵。呂文英《風雨の江村》クリーヴランド美術館蔵

雨は、動いているものである。

しかも、細くて速い。

止まった画面に、それをどう描くか。

方法はいくつかある。

斜めの線を引く、空を暗くする、人にかがませる。

九点を並べて、その方法を数えたい。

雨の線を引いた画面は、二点

集めかたは、館の記録の題によっている。

雨、嵐、時雨にあたる語が入るものを拾った。

九点のうち、雨か嵐が描かれているのは七点だった。

残る二点は、後で扱う。

まず、雨そのものを線で描いた画面を数えたい。

二点だけだった。

一点は、いま見た掛幅である。

もう一点は、日本の掛幅である。

表装を含めて131.8×44.2センチ。

こちらも縦に細長い。

画面の下のほうに、岩と木がある。

木は数本で、枝が左へ流れる。

その下に、人が一人歩いている。

笠をかぶり、体を前に倒している。

上のほうは、薄い墨で刷かれている。

雨の空である。

線ははっきり引かれていないが、面が斜めに擦られている。

館の記録によれば、この一点には偽の印が押されている。

有名な画僧の印だが、本物ではないという。

つまり、後から権威付けのために押されたのだろう。

館は、それを偽と明記している。

作者についても、帰属としか書かれていない。

生涯についても、ほとんど分かっていないという。

雨中を行く唐人の従者
岳翁蔵丘に帰属《雨中を行く唐人の従者》十六世紀。館の記録では、掛幅。紙に墨。表装を含めて131.8×44.2センチ。番号は2015.512。クリーヴランド美術館蔵。岳翁蔵丘《雨中を行く唐人の従者》クリーヴランド美術館蔵

雨は、線ではなく調子で描かれる

雨を線で描かない例を見たい。

銅版画の一点である。

版の面は15.6×21.2センチ。

紙は26.1×34.1センチある。

画面の中央に、大きな干草の山がある。

その左右に、細い木が並ぶ。

木は葉を落としている。

手前は、刈られた畑である。

畑の面には、細かい点が無数に置かれる。

そこに、女性が二人立っている。

背を向け、頭に布をかぶる。

画面の全体が、灰色に沈んでいる。

明るい部分がほとんどない。

雨の線は、引かれていない。

代わりに、空と地面の調子が近づけられている。

その結果、空気が湿って見える。

館の記録によれば、この技法は腐食に加え、粒状の調子を作る方法を併用している。

その方法は、面で濃淡を作るのに向く。

紙の余白には、刷りの番号が鉛筆で書かれている。

十四枚のうちの五枚目という意味である。

雨の効果
カミーユ・ピサロ《雨の効果》1879年。館の記録では、エッチングとアクアチント。版の面15.6×21.2センチ。紙は26.1×34.1センチ。番号は1974.20。クリーヴランド美術館蔵。カミーユ・ピサロ《雨の効果》クリーヴランド美術館蔵

嵐は、雲と波で描かれる

嵐を描いた四点を見たい。

一点目は、油彩である。

見える範囲で66×94センチ。

画面の左に、帆船が一艘いる。

帆柱は折れかけ、帆が破れている。

船体は大きく傾く。

波は白く砕け、船を包む。

右には、岩の岬がある。

岬の上に、崩れた塔が立つ。

手前の岩の上に、人が六、七人いる。

赤や青の衣で、集まっている。

空は、上のほうが暗い紫である。

その下に、黄色い光の帯がある。

雲は渦を巻き、右へ流れる。

館の記録に、制作年はない。

記述の欄もない。

題は《嵐》とだけ書かれている。

嵐
ルドルフ・バックホイゼン《嵐》制作年不詳。館の記録では、油彩・カンヴァス。見える範囲で66×94センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ルドルフ・バックホイゼン《》スミソニアン協会蔵

二点目も、油彩である。

額なしで50.8×67.6センチ。

画面は暗い。

中央に、大きな岩の塊がある。

その左の空に、雲の切れ目がある。

そこだけ、黄と白の光が漏れる。

左奥の海に、船が傾いている。

沈みかけているらしい。

手前の岩の上に、人が五、六人いる。

一人は横たわり、他の人が囲んでいる。

一人は手を上げている。

館の記述によれば、家族が水死した身内を見つけた場面である。

そして、この画家がその島を訪れた年も書かれている。

さらに館は、この画家の経歴に触れている。

他人の様式で模写や贋作も作った、と記録にある。

館は、それを隠さずに書いている。

制作年の欄も、途中で切れている。

十八世紀の何年か、が確定していない。

ワイト島の向こうの嵐
ジュリアス・シーザー・イベットソン《ワイト島の向こうの嵐》十八世紀末か。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで50.8×67.6センチ。番号は1948.461。クリーヴランド美術館蔵。ジュリアス・シーザー・イベットソン《ワイト島の向こうの嵐》クリーヴランド美術館蔵

三点目は、水彩とグワッシュである。

紙は30.3×37.8センチ。

画面の中央に、大きな岩がある。

岩は灰色と黒で、面が広い。

その右に、白い波が高く上がる。

波の頂は、絵具を厚く置いて作られている。

奥には、青い海と、低い岩礁が見える。

空は灰色で、雲が厚い。

人は描かれていない。

館の記録によれば、署名に島の名と年が書かれている。

さらに、紙の裏にも題が書かれている。

そちらはフランス語で、嵐の語が使われている。

つまり、表と裏で別の言語の題がある。