画家を知る

輪郭のない花——オディロン・ルドン

装飾的な一点

花のあるエトルリアの壺
オディロン・ルドン《花のあるエトルリアの壺》1900〜1910年。画布にテンペラ。縦81.3センチ、横59.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。オディロン・ルドン《花のあるエトルリアの壺》メトロポリタン美術館蔵

技法はテンペラである。卵などを媒材に使う絵具で、艶が少ない。

画面の右に、褐色の壺が置かれている。

表面に黒い人物の像が描かれている。古代の壺の意匠である。

そこから花が伸び、画面の上半分に広がる。

花は黄、紫、褐色。形が単純化され、模様のように見える。

背景は金褐色で、細かい模様が全面に散っている。

つまり背景も装飾になっている。

花と背景の境目が曖昧で、画面全体が一つの模様に近い。

古代の壺を選んだ理由も考えられる。

黒い人物像の付いた壺は、古代地中海の様式である。

つまり時代の分からない品を置くことで、場所と時刻がさらに曖昧になる。

現代の卓ではなく、どこでもない場所の花になる。

小道具の選択が、画面の性格を決めている。

曖昧な背景は、どう作るのか

背景の作り方を、もう少し具体的に見ておきたい。

まず全面に薄く色を置き、乾く前に別の色を重ねる。

境目を筆や布で擦り、境界を消す。

そのうえで、一部だけ明るい色を薄く重ねて光の溜まりを作る。

つまり形を描かず、明度と色味の斑を作っている。

この作り方では、あとから形を足すのは難しい。

背景を先に決め、そこへ花を置いていく順序になる。

普通の静物画とは、工程が逆である。

花が、雲のように浮かぶ

花のある大きな花瓶
オディロン・ルドン《花のある大きな花瓶》1912年ごろ。油彩・画布。縦73センチ、横54.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。オディロン・ルドン《花のある大きな花瓶》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

青い花瓶があり、そこから花が広がっている。

花は橙、桃色、白、青。輪郭がぼやけ、形が定まらない。

いくつかの花は、茎とつながっていない。

背景は淡い灰緑で、筆の跡が全面に残る。

左下に黒い小さな塊がある。影とも、開いた口とも読める。

つまりこの絵では、花が浮遊している。

物としての花ではなく、色の斑として置かれている。

花瓶の花
オディロン・ルドン《花瓶の花》1910年ごろ。油彩・画布。縦55.9センチ、横39.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。オディロン・ルドン《花瓶の花》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは比較的はっきりした一点である。

金褐色の壺に、花が生けられている。

赤い菊、白い雛菊、青い矢車菊。花の形が識別できる。

葉は緑で、茎も見える。

背景は淡い黄土色で、上部が明るい。

卓の線はないが、壺の下に影がある。

つまり同じ画家の中でも、明確さの度合いに幅がある。

見えないものを、どう描くか

この画家の主題には、目に見えないものが多い。

夢、幻、精霊、神。いずれも実物を写せない対象である。

写生できない対象を描くには、二つの方法がある。

一つは、具体的な形を与えることである。

翼のある人、角のある獣、光を放つ人物。

伝統的な図像はこの方法で作られてきた。

もう一つは、形を曖昧にすることである。

輪郭を溶かし、空間を消し、色だけを残す。

そうすれば、見る側が想像で補う余地が生まれる。

この画家は後者を選んでいる。

だから輪郭のない花や、雲と区別のつかない馬が現れる。

つまり曖昧さは、主題の性質から要求されている。

見えないものを描くために、見え方を崩している。

この判断は、同時代の詩の傾向とも重なっている。

言葉でも、直接名指さずに暗示する方法が試されていた。

神話の主題

アポロンの馬車
オディロン・ルドン《アポロンの馬車》1905〜1916年。油彩・画布。縦66センチ、横81.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。オディロン・ルドン《アポロンの馬車》メトロポリタン美術館蔵

横長の画面である。

上半分は青空で、白い雲が横に広がる。

その中に、馬が四頭ほど浮かんでいる。

輪郭は淡く、雲と区別がつかない。

下方には赤褐色の塊があり、その中に馬車らしい形がある。

つまり神話の場面が、雲の形として描かれている。

物語の説明はない。人物の顔も判別できない。

主題は太陽の神の馬車だが、描かれているのは光と雲である。

詩や音楽との関わり

交友についても触れておきたい。

この画家は、詩人や音楽家との交流で知られる。

作品の題名に、文学に由来するものが多い。

神話、寓話、聖人の物語。いずれも言葉の世界から来ている。

つまり絵の主題が、読書の経験と結びついている。

写生の対象ではなく、読んだ内容を絵にしている。

だから空間の描写よりも、印象の再現が優先される。

主題の出所を知ると、曖昧さの理由が見えやすくなる。

縦長の対の板

パンドラ
オディロン・ルドン《パンドラ》1910〜1912年。油彩・画布。縦143.5センチ、横62.9センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。オディロン・ルドン《パンドラ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦143.5センチ、横62.9センチ。細長い画面である。

女性が立ち、両手で小さな箱を持っている。

衣は淡い青緑で、体の線が柔らかい。

顔は下を向き、目は伏せている。

足元から腰まで、花が咲き乱れている。黄、白、赤の点である。

背景は淡い灰白で、上方が明るい。

聖セバスティアヌス
オディロン・ルドン《聖セバスティアヌス》1910〜1912年。油彩・画布。縦144センチ、横62.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。オディロン・ルドン《聖セバスティアヌス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

同じ寸法の一点である。縦144センチ、横62.5センチ。

裸の男が、樹の幹に体を寄せている。

腰に布を巻き、両手は後ろに回されている。

顔は上を向き、目を閉じている。

樹の枝は上方に広がり、赤い実が点々と付く。

背景は青緑で、上部が明るい。足元には花が咲く。

二点はほぼ同じ寸法である。

つまり対として作られた可能性が高い。

細長い画面は、壁の一部に嵌め込む装飾の形式である。

装飾のための絵という点では、扉上の絵や柱絵と同じ系統にある。

判型と設置の関係は別のコラムで扱った。