画家を知る

甘さは、どこから来たのか——ルノワールの肌と光

印象派の一員として

1860年代、彼はモネやシスレーと知り合う。

1870年代には、屋外で光を追う制作に加わった。1874年の第一回印象派展にも出品している。

この時期の代表作には、木漏れ日の下の群衆や、舟遊びの人々を描いた大作がある。

いずれも、光が斑になって人物の上に落ちる画面である。

木漏れ日を人物の顔や服に落とす、という描き方は当時かなり批判された。

顔に青や紫の斑を置くと、腐った肉のようだ、という趣旨の評が残っている。

いま見れば快い画面だが、発表当時は「汚い」と受け取られた。

評価は動く。快さの基準も、時代によって変わる。

ジャンヌ・サマリー
《ジャンヌ・サマリー》1878年。油彩・画布。縦19センチ、横17.8センチ。手のひらに乗る大きさの習作。ピエール=オーギュスト・ルノワール《ジャンヌ・サマリー》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

同じ時期の小品を見てほしい。

女優の肖像のための習作である。ただし、顔の造作はほとんど描かれていない。

橙と赤の塊が髪、桃色と白の塊が顔と胸元、青緑の乱れた筆が背景。

目も鼻も口も、判別できない。画布の目地が絵具の隙間から見えている。

これは色の配置を試した段階の絵である。完成作ではない。

にもかかわらず、離れて見ると人物に見える。色の配置だけで、人の形が立ち上がっている。

この時期の彼が、色を第一に考えていたことがよく分かる一枚だ。

そして、この習作が美術館に収蔵されているという事実も面白い。

本人にとっては途中の紙——ならぬ途中の画布である。完成作ではない。

それが作品として保存され、展示され、いま私たちが見ている。

同じことは素描でも起きている。捨てられるはずのものが残った経緯は別のコラムで扱っている。

三十代の終わりに、行き詰まる

ところが1880年ごろから、彼は自分の方法に疑いを持ちはじめる。

後年の回想として伝えられているのは、およそ次のような趣旨である。

印象派のやり方を続けた結果、自分は描き方も素描もできなくなってしまった、と。

色を並べることに集中しすぎて、形が崩れたという自覚である。

1881年から82年にかけて、彼はイタリアへ旅行した。ローマでラファエロを見て、ポンペイの壁画を見ている。

そして帰国後、画風が変わる。

ラファエロについて、彼が友人に書いた手紙が伝わっている。

大意はこうだ。ラファエロは屋外で仕事をしなかったが、太陽を研究している。その壁画には、単純さと偉大さがある。

屋外で光を追わなくても、光は描ける——という発見だったのだろう。

同じ旅で、ポンペイの壁画も見ている。こちらは輪郭のはっきりした、平らな色面による装飾画である。

印象派の細かい筆触とは正反対の様式だ。

この二つを見て帰った画家が、翌年に何を描いたか。それが次の一枚である。

輪郭が、戻ってくる

横たわる裸婦
《横たわる裸婦》1883年。油彩・画布。縦65.1センチ、横81.3センチ。草地に横たわる裸婦を、背中の側から描いている。ピエール=オーギュスト・ルノワール《横たわる裸婦》メトロポリタン美術館蔵

イタリアから帰った翌年の作品である。

女性が草の斜面に横たわり、こちらへ背を向けている。編んだ髪を左手で押さえ、顔は伏せられている。

右上に、海と空がわずかに見える。

肌に注目してほしい。なめらかである。

筆の跡がほとんど見えない。色の変化は連続的で、輪郭はきれいな一本の線になっている。

草地は逆に、赤、橙、緑、褐色が乱雑に置かれている。

つまり人物と背景で、描き方を切り替えている。人物は古典的に、背景は印象派的に。

この時期の作品は、後世「アングル風の時代」あるいは「酸っぱい時代」と呼ばれることがある。

輪郭が硬く、色がやや冷たい。彼の作品の中では、異質な部類に入る。

もう一点、この絵で目を引くのは姿勢である。

人物は完全に背を向けている。顔はほとんど見えない。

見る側は、この人が誰なのか、何を考えているのかを知る手がかりを与えられない。

その結果、画面に残るのはだけになる。背中から腰へ流れる曲線と、それを受ける草地の斜面。

人物画でありながら、静物に近い扱いである。

形の問題に集中したかった時期の絵として読むと、この姿勢の選択にも理由が見えてくる。

硬さは、長く続かなかった

この方向は、十年ほどで緩む。

1890年代に入ると、輪郭はふたたび柔らかくなり、色は暖かくなる。

ただし、1870年代に戻ったわけではない。

形は保たれたまま、色が戻ってきた。二つの時期の折衷である。

読書する少女
《読書する少女》1888年ごろ。油彩・画布。縦15センチほど。うつむいた少女の上半身。手前に白い衣、右奥に橙色の壁。ピエール=オーギュスト・ルノワール《読書する少女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

これも手のひらに乗る大きさである。

少女はうつむき、髪を後ろでまとめている。頬は桃色、髪は赤褐色。

白い衣が画面の中央を占め、そこに青と桃色の影が置かれている。

背景は右が橙、左が灰緑。絵具は厚く、筆の跡が畝のように残っている。

顔の輪郭は、はっきり取られている。1870年代の習作のように溶けてはいない。

形は保ちつつ、色は暖かい。二つの時期の折衷が、この小品によく出ている。