甘さは、どこから来たのか——ルノワールの肌と光
南で、赤くなる
晩年、彼は南フランスのカーニュに移り住んだ。
理由は健康である。1890年代の後半から関節リウマチが進み、寒さが体にこたえるようになった。
手指の変形も進んだ。晩年には、筆を手に固定して描いていたと伝えられる。
体の自由が利かなくなってから、彼の筆はむしろ大きく、速くなった。
細部を追えなくなったぶん、色の塊で描くようになる。
コローの晩年も、輪郭が溶けて画面が一つの調子になった。別のコラムで扱っている。
老いによる変化を「衰え」と呼ぶか「到達」と呼ぶかは、見る側の解釈である。
はっきりしているのは、条件が変われば方法が変わる、ということだけだ。

南での風景を見ると、色が明らかに変わっている。
白い壁は黄色みを帯び、木々は青緑と黄緑の斑。空は薄い青。
輪郭はほとんど無い。建物の角も、筆の切れ目で示されるだけだ。
手前の茂みは、緑と青と黄土の短い筆が重なり合っている。何の木かは判別できない。
判別できなくてよい、という判断がある。ここで必要なのは種類ではなく、色の塊だからだ。
そして全体に、赤と橙が下地のように効いている。

静物でも同じである。
白い皿に、桃が五つ。あいだに緑の葉が敷かれている。
桃の実は、黄、橙、赤の三色が一個の中で連続している。影の側には、わずかに紫が入る。
皿は純白ではない。青と桃色が混ざり、テーブルクロスの白へ溶けていく。
背景は黄土と緑褐色。上端に向かって明るくなる。
強い輪郭線は無い。桃の丸みは、色の切り替わりだけで示されている。
左下に「Renoir」の署名。
暖色が画面の八割ほどを占めている。この配分が、晩年の特徴である。
「甘さ」の正体
ここで、最初の問いに戻りたい。
ルノワールの「甘さ」は、どこから来ているのか。
いくつかの要素が重なっていると考えたい。
ひとつは色相である。赤、橙、桃色。暖色が画面の大半を占める。
ふたつめは輪郭の柔らかさ。境界がぼやけると、対象は柔らかく見える。
三つめは主題。彼が描いたのは、子ども、花、果物、くつろぐ人。争いも、労働も、死もほとんど出てこない。
四つめは表情。彼の人物は、しばしば微笑んでいるか、穏やかな無表情である。
この四つが揃うと、画面は甘くなる。
逆に言えば、どれか一つを外せば甘さは消える。
冒頭の1872年の肖像は、色相が寒色寄りで、輪郭は荒く、主題は労働中の同業者、表情は真剣である。四つとも外れている。
だから甘くない。同じ画家の絵とは思えないほどに。
そして重要なのは、これが選択だということだ。
同じ画家が、1872年には暗い色でパイプをくわえた男を描いている。甘くない絵も描ける人だった。
なぜ、甘さを選んだのか
理由については、本人の言葉として伝わるものがある。
絵は楽しく、きれいで、心地よいものであるべきだ、という趣旨の発言である。
世の中には不快なことが十分にある、だから絵まで不快である必要はない——という考え方だ。
この態度は、同時代の画家たちとかなり違う。
クールベは、絵になりにくいものを大画面で描いた。別のコラムで扱っている。
ピサロは、名も無い畑と働く農夫を描き続けた。こちらのコラムで扱っている。
ルノワールは、その方向へ行かなかった。
見立て——快さは、安易ではない
ここからは書き手の見方である。
「快い絵」は、しばしば軽く扱われる。深刻でないものは、深くないと見なされやすい。
私はその評価に留保をつけたい。
理由は、1880年代の彼の苦闘にある。
もし快い絵を描くことが簡単なら、あの十年の方向転換は起きなかったはずだ。
色だけでは形が持たない。形を固めると色が死ぬ。その両立に、彼は十年以上かけている。
《横たわる裸婦》のなめらかな肌は、簡単に出てくるものではない。あれは相当な技術の産物である。
同時に、擁護しすぎないための留保も置いておきたい。
晩年の作品には、明らかに惰性で描かれたものも混じっている。同じ型の裸婦や少女の絵が、大量に作られた。
そして彼の描く女性像には、当時の男性画家に共通する類型化がある。柔らかく、無言で、見られる側に置かれている。
いま見るなら、そこは指摘しておくべきだろう。
十九世紀の制度が女性の画家に何を許さなかったかは、別のコラムで扱っている。描く側と描かれる側の非対称は、作品の内容にも及んでいる。
「らしさ」を疑ってみる
もうひとつ、見方の提案をしたい。
有名な画家には、たいてい「らしさ」の型がある。
ルノワールなら薔薇色。モネなら光。ゴッホなら渦。
その型は、その画家の一部でしかない。多くの場合、いちばん売れた時期の特徴が型になっている。
型から外れた作品を探すと、その画家の幅が見えてくる。
当サイトで公開しているルノワールは61点ある。
1866年の花瓶から、1900年代のカーニュまで。四十年の幅がある。
その中には、甘い絵も、甘くない絵も、途中でやめた習作も混ざっている。
一人の画家を「◯◯の人」とまとめてしまう前に、まず並べて見るとよい。
この記事の冒頭に置いた1872年の肖像画は、まさにその一枚である。
暗く、荒く、まったく甘くない。それでも間違いなくルノワールである。
暮らしへ——暖色の量を、測ってみる
最後に、部屋に応用できる話をひとつ。
好きな絵を一枚選んで、暖色の面積を目分量で測ってみてほしい。
赤、橙、黄、桃色。それらが画面の何割を占めているか。
七割を超えていれば、その絵は「暖かい絵」である。三割を切れば「冷たい絵」になる。
これは部屋にそのまま持ち込める。暖色の多い絵は、冷たい色調の部屋に掛けると効く。
逆に、木や布で暖色が既に多い部屋には、青や灰の絵のほうが落ち着く。
絵と部屋を別々に選ばず、色の配分として合わせて考える。
飾る場所と光の条件についてはこちらのコラムで扱っている。
ルノワールの晩年の絵は暖色が強い。白い壁の、光の入る部屋によく合う。
逆に、冒頭に挙げた1872年の肖像画のような暗い絵は、明るすぎる壁では浮いてしまう。
同じ画家でも、時期によって置くべき場所が違う。「◯◯が好き」で選ぶより、一枚ずつ見て決めたほうがよい。






