画家を知る

甘さは、どこから来たのか——ルノワールの肌と光

南で、赤くなる

晩年、彼は南フランスのカーニュに移り住んだ。

理由は健康である。1890年代の後半から関節リウマチが進み、寒さが体にこたえるようになった。

手指の変形も進んだ。晩年には、筆を手に固定して描いていたと伝えられる。

体の自由が利かなくなってから、彼の筆はむしろ大きく、速くなった。

細部を追えなくなったぶん、色の塊で描くようになる。

コローの晩年も、輪郭が溶けて画面が一つの調子になった。別のコラムで扱っている。

老いによる変化を「衰え」と呼ぶか「到達」と呼ぶかは、見る側の解釈である。

はっきりしているのは、条件が変われば方法が変わる、ということだけだ。

カーニュの郵便局
《カーニュの郵便局》1906〜07年。油彩・画布。白い建物と、オリーブらしき灌木。筆は速く、形は溶けている。ピエール=オーギュスト・ルノワール《カーニュの郵便局》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

南での風景を見ると、色が明らかに変わっている。

白い壁は黄色みを帯び、木々は青緑と黄緑の斑。空は薄い青。

輪郭はほとんど無い。建物の角も、筆の切れ目で示されるだけだ。

手前の茂みは、緑と青と黄土の短い筆が重なり合っている。何の木かは判別できない。

判別できなくてよい、という判断がある。ここで必要なのは種類ではなく、色の塊だからだ。

そして全体に、赤と橙が下地のように効いている

皿の上の桃
《皿の上の桃》1902〜05年ごろ。油彩・画布。縦22センチ、横35.6センチ。白い皿に桃が五つ、緑の葉を添えて並ぶ。ピエール=オーギュスト・ルノワール《皿の上の桃》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

静物でも同じである。

白い皿に、桃が五つ。あいだに緑の葉が敷かれている。

桃の実は、黄、橙、赤の三色が一個の中で連続している。影の側には、わずかに紫が入る。

皿は純白ではない。青と桃色が混ざり、テーブルクロスの白へ溶けていく。

背景は黄土と緑褐色。上端に向かって明るくなる。

強い輪郭線は無い。桃の丸みは、色の切り替わりだけで示されている。

左下に「Renoir」の署名。

暖色が画面の八割ほどを占めている。この配分が、晩年の特徴である。

「甘さ」の正体

ここで、最初の問いに戻りたい。

ルノワールの「甘さ」は、どこから来ているのか。

いくつかの要素が重なっていると考えたい。

ひとつは色相である。赤、橙、桃色。暖色が画面の大半を占める。

ふたつめは輪郭の柔らかさ。境界がぼやけると、対象は柔らかく見える。

三つめは主題。彼が描いたのは、子ども、花、果物、くつろぐ人。争いも、労働も、死もほとんど出てこない。

四つめは表情。彼の人物は、しばしば微笑んでいるか、穏やかな無表情である。

この四つが揃うと、画面は甘くなる。

逆に言えば、どれか一つを外せば甘さは消える。

冒頭の1872年の肖像は、色相が寒色寄りで、輪郭は荒く、主題は労働中の同業者、表情は真剣である。四つとも外れている。

だから甘くない。同じ画家の絵とは思えないほどに。

そして重要なのは、これが選択だということだ。

同じ画家が、1872年には暗い色でパイプをくわえた男を描いている。甘くない絵も描ける人だった。

なぜ、甘さを選んだのか

理由については、本人の言葉として伝わるものがある。

絵は楽しく、きれいで、心地よいものであるべきだ、という趣旨の発言である。

世の中には不快なことが十分にある、だから絵まで不快である必要はない——という考え方だ。

この態度は、同時代の画家たちとかなり違う。

クールベは、絵になりにくいものを大画面で描いた。別のコラムで扱っている。

ピサロは、名も無い畑と働く農夫を描き続けた。こちらのコラムで扱っている。

ルノワールは、その方向へ行かなかった。

見立て——快さは、安易ではない

ここからは書き手の見方である。

「快い絵」は、しばしば軽く扱われる。深刻でないものは、深くないと見なされやすい。

私はその評価に留保をつけたい。

理由は、1880年代の彼の苦闘にある。

もし快い絵を描くことが簡単なら、あの十年の方向転換は起きなかったはずだ。

色だけでは形が持たない。形を固めると色が死ぬ。その両立に、彼は十年以上かけている。

《横たわる裸婦》のなめらかな肌は、簡単に出てくるものではない。あれは相当な技術の産物である。

同時に、擁護しすぎないための留保も置いておきたい。

晩年の作品には、明らかに惰性で描かれたものも混じっている。同じ型の裸婦や少女の絵が、大量に作られた。

そして彼の描く女性像には、当時の男性画家に共通する類型化がある。柔らかく、無言で、見られる側に置かれている。

いま見るなら、そこは指摘しておくべきだろう。

十九世紀の制度が女性の画家に何を許さなかったかは、別のコラムで扱っている。描く側と描かれる側の非対称は、作品の内容にも及んでいる。

「らしさ」を疑ってみる

もうひとつ、見方の提案をしたい。

有名な画家には、たいてい「らしさ」の型がある。

ルノワールなら薔薇色。モネなら光。ゴッホなら渦。

その型は、その画家の一部でしかない。多くの場合、いちばん売れた時期の特徴が型になっている。

型から外れた作品を探すと、その画家の幅が見えてくる。

当サイトで公開しているルノワールは61点ある。

1866年の花瓶から、1900年代のカーニュまで。四十年の幅がある。

その中には、甘い絵も、甘くない絵も、途中でやめた習作も混ざっている。

一人の画家を「◯◯の人」とまとめてしまう前に、まず並べて見るとよい。

この記事の冒頭に置いた1872年の肖像画は、まさにその一枚である。

暗く、荒く、まったく甘くない。それでも間違いなくルノワールである。

暮らしへ——暖色の量を、測ってみる

最後に、部屋に応用できる話をひとつ。

好きな絵を一枚選んで、暖色の面積を目分量で測ってみてほしい。

赤、橙、黄、桃色。それらが画面の何割を占めているか。

七割を超えていれば、その絵は「暖かい絵」である。三割を切れば「冷たい絵」になる。

これは部屋にそのまま持ち込める。暖色の多い絵は、冷たい色調の部屋に掛けると効く。

逆に、木や布で暖色が既に多い部屋には、青や灰の絵のほうが落ち着く。

絵と部屋を別々に選ばず、色の配分として合わせて考える。

飾る場所と光の条件についてはこちらのコラムで扱っている。

ルノワールの晩年の絵は暖色が強い。白い壁の、光の入る部屋によく合う。

逆に、冒頭に挙げた1872年の肖像画のような暗い絵は、明るすぎる壁では浮いてしまう。

同じ画家でも、時期によって置くべき場所が違う。「◯◯が好き」で選ぶより、一枚ずつ見て決めたほうがよい。

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