画家を知る

数ミリの彫刻——セント=ゴーデンズの浮き彫り

女神が、塔の上に立っていた

浅浮彫の名手は、同時に巨大彫刻の人でもあった。

ダイアナ
オーガスタス・セント=ゴーデンズ《ダイアナ》1893〜94年原型、1894年以後鋳造。ブロンズ。高さ71.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。オーガスタス・セント=ゴーデンズ《ダイアナ》メトロポリタン美術館蔵

高さ71.8センチ。球の上に爪先で立ち、弓を引く女神である。

片足で球に乗り、全身が弓の緊張と釣り合っている。

引き絞られた弓から、立てた爪先まで。

一本の張りつめた線が、像の全体を貫いている。

張りつめた姿勢だけで、狩りの瞬間が伝わる。

これは縮小版である。

原型はニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンのためのもの。

建物の塔のてっぺんに立つ、風見としてつくられた。

金色に輝く狩りの女神が、都市の空で風を受けて回る。

夜には見上げる人々の目印になったと伝えられる。

裸身の女神を街の空に掲げることには、賛否もあったという。

それでも像は、新しい都市ニューヨークの象徴になった。

彫刻が美術館ではなく、街の空にあった時代である。

のちに建物は取り壊され、女神は塔を降りることになる。

手元の縮小版は、その空の記憶を机の上に伝えている。

塔を設計したのは友人の建築家ホワイトだった。

あの径15.2センチのメダルに刻まれた友情が、塔の上で実を結んだ。

リンカーンが、立ち上がる

エイブラハム・リンカーン(立てるリンカーン)
オーガスタス・セント=ゴーデンズ《エイブラハム・リンカーン(立てるリンカーン)》1884〜87年原型、1910年縮小。ブロンズ。高さ102.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。オーガスタス・セント=ゴーデンズ《エイブラハム・リンカーン(立てるリンカーン)》メトロポリタン美術館蔵

高さ102.9センチ。これも縮小鋳造である。

原型はシカゴの公園に立つ記念碑としてつくられた。

リンカーンが、椅子の前に立っている。

いま座っていた椅子から、立ち上がった瞬間である。

頭はわずかにうつむき、これから語り出す直前に見える。

片手は上着の襟をつかみ、もう片方の腕は背に回る。

演説の身ぶりではなく、ためらいに近い静けさがある。

背後の椅子は、公人の座を示す装置である。

その座から立ち、一人の人間として聴衆の前に出る。

玉座に座る偉人ではなく、立ち上がる人間を彫った。

この記念碑は、リンカーン像の決定版と評されてきた。

所蔵館の記録によれば、原型は1884〜87年。

縮小は1910年、鋳造は1911年である。

縮小版は、遠い記念碑を家庭で偲ぶための品でもあった。

広場の像が、居間の棚の上の像になる。

公共の巨像もまた、縮小版という「版」で家庭に入っていった。

銅像の時代が、彫刻家を求めた

なぜこれほど大きな仕事が続いたのか。

背景には、南北戦争後のアメリカがある。

戦没者と英雄を顕彰する記念碑が、各地の都市で求められた。

広場に、公園に、銅像を立てる需要が爆発したのである。

分裂した国をつなぎ直す物語が、都市の景観に求められた。

写真はあっても、映像も拡声器もない時代である。

偉人の姿を都市に留める手段は、まず彫刻だった。

セント=ゴーデンズは、その時代の頂点の造形者だった。

一八八一年に披露された海軍提督ファラガットの記念碑で名声を得た。

台座は建築家ホワイトの設計だったと伝えられる。

黒人連隊を率いたショー大佐の記念碑では、行進する兵士たちを浮き彫りで表した。

浮き彫りのまま、記念碑の大きさに達した仕事である。

晩年にはニューヨークに金色のシャーマン将軍騎馬像を残した。

一九〇七年、ニューハンプシャー州コーニッシュの工房で没した。

浅浮彫の私的な肖像と、都市を飾る公共の巨像。

一人の彫刻家が、その両端を担い続けた。

その幅の広さこそ、この人の第一の特徴である。

厚みは、距離の表現である

ここで、当サイトの見立てを述べたい。

この彫刻家の本領は、厚みの使い分けにある。

友人マッキムの横顔は、数ミリの起伏で刻まれた。

塔の上のダイアナは、風を受けて回る丸彫りだった。

薄いレリーフは、手に取り、間近で見るための形式である。

親しい人の顔は、薄く、静かに、私的に。

厚い丸彫りは、遠くから仰ぎ見るための形式である。

公共の偉人は、厚く、大きく、都市の距離で。

つまり厚みとは、主題への距離感の表現なのだ。

近しい相手ほど彫りは浅く、公の相手ほど彫りは深い。

その中間に、ショー大佐の記念碑のような高浮彫がある。

数ミリのカメオから、高浮彫を経て、丸彫りの巨像へ。

厚みの目盛りは、切れ目なくつながっている。

どの厚みで彫るかを決めることが、すでに肖像の解釈なのだ。

数ミリから塔の上まで。

彼はその全域を、一つの物差しの上で使い分けた。

物差しの目盛りを最初に刻んだのは、少年期のカメオである。

いちばん浅いところから始めた人だけが、深さの意味を知っている。

数ミリの影を、読みにいく

最後に、鑑賞の楽しみを一つ。

レリーフの図版は、ぜひ拡大して見てほしい。

マッキムの髪が、どれほど浅い起伏で波打っているか。

スティーヴンソンの寝具のしわが、どんな影を落としているか。

銘文の一文字一文字が、どんな深さで刻まれているか。

数ミリの高低差がつくる影を、目で読んでいく。

平らに見えた面が、じつは細かな傾きの集積だと分かってくる。

照明の向きが変われば、同じ板の表情も変わるはずである。

それはカメオ職人だった少年の手つきを、たどり直すことでもある。

彫刻は厚みの芸術だと、つい思ってしまう。

だがセント=ゴーデンズの板の前では、こう言い直したくなる。

図版の下の年記も、あわせて読んでほしい。

原型の年と鋳造の年、二つの時間がそこに刻まれている。

彫刻とは、影を設計する芸術である。

その設計図は、厚さ数ミリのブロンズの上に、いまも残っている。

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