暮らしと名画

帯は、細長い閉じた形である——春章・ミンヌ・郭敏ほか九点

風景の中の牧童と水牛
郭敏《風景の中の牧童と水牛》一二〇〇年代。館の記録では、対幅の掛軸・絹本墨画。絵の部分は92.7×56.5センチ。番号は1999.216。クリーヴランド美術館蔵。郭敏《風景の中の牧童と水牛》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この二幅の詩を訳している。

第一幅には、こう書かれている。

牛どもが闘っている。

慎重に、たがいに相手を制しようとする。

牧童は、静かにかたわらに立つ。

帯を解いて、黙って見ている。

第二幅の詩は、こうである。

ともに流れの真ん中を渡る。

道中の危険を気にもとめない。

前方の村では草が高く伸び、霧と雨が広く垂れこめている。

館は、この仕事が伝統的に少年の役目だったとも書く。

いまも南部の農村で見られるという。

ここで帯は、解かれている。

解くのは、緊張していないからである。

前の三点では、帯は締めるものだった。

締めれば、身が引き締まる。

解けば、くつろぐ。

詩は、その一語で牧童の態度を示している。

牛が闘っているのに、見ている人は帯を解いている。

その対比が、詩の眼目である。

そして、画面には牧童が小さくしか描かれない。

大きく描かれるのは、牛のほうである。

館は、この画家が牛の量感と力を強調したと書く。

自然の力そのものに変えている、という。

杯の胴に、帯が一本回る

黒像式の杯である。

幅は29.9センチ。

高さは13.1センチ。

口の直径は22.5センチ。

浅く、広い。

両側に、取っ手が付く。

取っ手は、上へ跳ね上がる。

低い脚が、下にある。

胴の上部と下部は、黒い。

その間に、帯が一本ある。

地の赤が、そこだけ残される。

帯の中に、図が並ぶ。

中央に、鳥がいる。

頭は、人である。

翼を広げる。

その両脇に、鹿がいる。

草を食んでいる。

さらに外側に、豹がいる。

内を向く。

黒像式帯装飾スキュフォス(杯):セイレン、牡鹿、豹
ロドス11941の群《黒像式帯装飾スキュフォス(杯):セイレン、牡鹿、豹》紀元前540年ごろ。館の記録では、陶。幅29.9センチ、高さ13.1センチ。番号は1992.368。クリーヴランド美術館蔵。黒像式帯装飾スキュフォス(杯):セイレン、牡鹿、豹》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この帯の中身を読んでいる。

女の頭を持つ鳥が、両面の図の帯の中央に立つ。

翼を広げ、頭を左へ向ける。

その両脇に、草を食む牡鹿が一対。

さらに外側に、内を向く豹が一頭ずつ。

内側は、飾りが少ない。

丸い画面に、同心円と点があるだけである。

館は、細かいことも書き添える。

四頭の牡鹿のうち三頭は、耳が一つしかないように見える。

ここで帯は、画面の形である。

丸い器に絵を描くとき、帯にするのが最も素直である。

上と下を黒く塗り、真ん中だけを残す。

残した細長い場所に、動物を並べる。

体に巻く帯と、器に巡らす帯。

どちらも、細長く、閉じた輪である。

そして、どちらも継ぎ目が見えにくい。

輪になれば、始まりも終わりもなくなる。

この杯でも、どこが図の始まりかはわからない。

回して見れば、同じ動物が戻ってくる。

子供たちが、帯の中で踊る

銅版画である。

版の跡は10.5×31.2センチ。

きわめて横長である。

高さの三倍の幅がある。

画面には、裸の子供が並ぶ。

十人以上いる。

みな、手をつないでいる。

あるいは、腕を上げている。

足は、交互に前へ出る。

踊っている。

左のほうに、一人が座る。

袋のついた楽器を抱える。

風を送っている。

背景に、建物の断片がある。

柱と、アーチが見える。

地面には、影がわずかに落ちる。

線は、細かく平行に走る。

バグパイプに合わせて踊る子供たちの帯状装飾
ジョルジョ・レヴェルディーノ《バグパイプに合わせて踊る子供たちの帯状装飾》一五〇〇年代なかば。館の記録では、銅版。版の跡は10.5×31.2センチ。番号は1928.771。クリーヴランド美術館蔵。ジョルジョ・レヴェルディーノ《バグパイプに合わせて踊る子供たちの帯状装飾》クリーヴランド美術館蔵

館の記録は、ごく短い。

別名と、題と、年と、技法と、寄贈者だけである。

題にある帯状装飾は、建築の用語である。

壁の上部に、細長く回る装飾の帯を指す。

この版画は、その図案である。

実際の壁に彫るための、手本として作られた。

だから、この形をしている。

高さが低く、幅が広い。

前の一点の杯の帯と、同じ理屈である。

細長い場所に、人物を並べる。

並べるには、同じ動作の繰り返しが向いている。

踊りは、繰り返しの動作である。

だから、帯状の画面によく使われる。

そして、端をどう処理するかが問題になる。

この版画では、左に楽器の奏者を置いた。

右は、建物の柱で止めている。

繰り返しを、どこかで切らなければならない。

切り方が、図案の腕の見せどころである。

踊ることについては、踊る足は、地に着いているで扱った。

湯呑に、花の帯が巡る

磁器の湯呑である。

五つで一組になっている。

一つの高さは4.5センチ。

直径は8.5センチ。

小さい。

形は、朝顔形である。

口が広く、底が狭い。

高台は、低い。

地は、乳白色である。

つやは、抑えられている。

胴の上部に、線が二本回る。

下部にも、線が一本回る。

その間に、彫りがある。

花と、点が交互に並ぶ。

花は、単純な形である。

中心に、丸はない。

彫りは、浅い。

薄く作られているので、光を透かす。

花帯文の湯呑
三代清風与平《花帯文の湯呑》1893年から1914年のあいだ。館の記録では、五客組の湯呑・彫り文様のある磁器。高さ4.5センチ、直径8.5センチ。番号は2022.173。クリーヴランド美術館蔵。三代清風与平《花帯文の湯呑》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この文様の位置を書いている。

上に二重の線、下に一重の線。

その間に、彫りの花と点が並ぶ。

同じ作者の香炉と、よく似た意匠だという。

ただし花は、いっそう単純になっている。

中心の丸い抜きがない。

館は、箱に貼られた札にも触れる。

朝鮮の白磁に倣った煎茶の器、と書かれているらしい。

つまり、外の焼物を意識して作られている。

ここでも、帯は文様の置き場である。

線を二本引けば、そのあいだが帯になる。

帯にすれば、そこだけを飾ればよい。

器の胴全体を埋める必要がない。

前の二点と、同じ考え方である。

細長い場所を作ってから、飾る。

そして、飾らない部分を広く残す。

この湯呑では、胴の大半が無地である。

無地があるから、帯が見える。

五客そろっているのも、繰り返しである。

同じ器が五つ並ぶと、帯が五本並ぶことになる。