踊る足は、地に着いている——デューラー・ドガ・雪佳ほか九点
踊りを描いた九点を数えると、宙に浮いた足は二点しかなかった。多くは膝を曲げて沈んでいる。跳んだ瞬間は輪郭が定まらないからだろう。どの画面にも、拍を数えるように動かない人がいて、踊りはその隣で起きている。

小さな紙の上で、二人が跳ねる
きわめて小さな版画である。

紙は11.8×7.3センチしかない。
葉書の半分ほどである。
線は細く、密である。
背景は、白いままである。
地面の線も、ほとんどない。
画面の中央に、二人がいる。
二人とも、体を横向きにする。
左に、女がいる。
女は太く、どっしりしている。
衣は厚く、襞が多い。
裾は膝の下まである。
腰には、鍵と袋と小刀が下がる。
顔は、こちらを向く。
視線は、まっすぐである。
右手は、前へ出る。
左手は、腰のあたりにある。
足は、地面をしっかり踏む。
右に、男がいる。
男は、右腕を高く上げる。
腕は、画面の上へ突き出る。
口は開く。
声を上げているらしい。
片脚は、後ろへ跳ね上がる。
体は、前へ傾く。
上には、年と署名がある。
館の記録では、この主題は当時よくあった。
農村の人を、粗野に描く絵が多かったという。
しかし、この一枚は違うと館は書く。
二人は、記念碑のように大きく描かれる。
細部も、丁寧に彫られている。
館は、そこに主題の格上げを見る。
そして、女のほうが中心だと書く。
男が腕を振って声を上げる隣で、女は落ち着いている。
動きは、意図されたものに見える。
視線は、まっすぐこちらへ向く。
腰の鍵と袋と小刀にも、意味があるという。
いずれも、権限を示す品である。
館は、そう説明している。
画面の小ささも見ておきたい。
幅は7.3センチしかない。
その中に、二人の全身が入る。
衣の襞は、髪の毛ほどの線で刻まれる。
踊りは、九つの場所に現れる
このコラムでは、踊りの絵を九点並べる。
九点は、館も年代も技法も違う。
版画があり、油彩があり、パステルがあり、陶がある。
ブロンズがあり、磁器の人形もある。
共通するのは、館の記録に踊りの語があることだけである。
数えるのは、足が地面から離れているかどうかである。
宿の前で、村人が輪になる
二点目は、板に描かれた油彩である。

横長の画面である。
額なしで49×78センチある。
画面の左に、建物がある。
屋根は大きく、藁で葺かれる。
壁は白く、汚れている。
これが宿だという。
その前に、人が集まる。
十数人はいる。
小さく、輪郭だけである。
数人が、輪のように並ぶ。
腕を上げる姿がある。
抱き合う姿もある。
館の記録では、笛の音に合わせて踊るという。
奥は、広い風景である。
道が、右へ続く。
木が、まばらに立つ。
遠くに、塔のある建物が見える。
空は、画面の半分以上を占める。
雲は厚く、灰色である。
一部だけ、明るい。
踊る人は、画面の隅にいる。
大きさは、指の先ほどしかない。
館の記録では、こうした絵は都市の人のために描かれた。
素朴な暮らしへの憧れがあったという。
館は、この画家の得意な二つを挙げる。
風景と、田舎の暮らしの場面である。
この一枚は、その両方を持つ。
実際、画面の大部分は風景である。
人が占める面積は、十分の一もない。
それでも、題は踊る人になっている。
館の記録も、そう記す。
小さく描かれた人が、題を決めている。
宿の前という場所も、意味を持つ。
人が集まり、酒が出る場所である。
踊りは、その延長にある。
笛を吹く人も、そこにいるという。
音は見えないが、輪の形で分かる。
壺の胴に、跳ねる人が並ぶ
三点目は、陶の壺である。

大きな壺である。
高さは40.4センチある。
口径は23.5センチある。
胴は丸く、大きく張る。
肩から、把手が二つ出る。
把手は横向きで、短い。
地は黒く、艶がある。
胴の中ほどに、帯がある。
帯の中だけ、赤い。
そこに、人の姿が並ぶ。
人は五、六人いる。
いずれも横向きである。
体は裸に近い。
布を、肩や腕に掛ける。
一人は、片脚を上げる。
一人は、腕を後ろへ回す。
一人は、細い笛を持つ。
もう一人は、杖のようなものを持つ。
顔は、みな横顔である。
黒い地の上で、体が明るく浮かぶ。
輪郭は、細い線で引かれる。
館の記録では、これは酒宴の行列である。
楽人と、浮かれた人たちだという。
この形の壺は、酒を水で割るための器である。
宴の場に置かれた。
描かれた場面と、器の用途が一致する。
使う人は、宴の絵を見ながら宴をすることになる。
赤絵という技法にも触れておきたい。
人の形の部分を、塗り残す。
周りを黒く塗る。
焼くと、塗った部分だけが黒くなる。
残した部分は、粘土の赤のままである。
細い線は、後から筆で描かれる。
筋肉も、衣の襞も、その線でできる。
黒地に赤い人が浮かぶのは、そのためである。
袖から、三人が腕を伸ばす
四点目は、パステルである。

縦長の紙である。
紙は55.7×41.4センチある。
色は、黄と橙と桃色である。
面は粉っぽく、ざらつく。
画面の左に、太い柱がある。
柱は縦に、画面を切る。
その右に、三人がいる。
三人とも、女である。
衣は短く、膨らむ。
腕を、上へ伸ばす。
一人は、両腕を高く上げる。
一人は、髪に手をやる。
一人は、背を向ける。
顔は、はっきり描かれない。
輪郭は、色の重なりでできる。
奥は、緑と橙の面である。
木のようにも、書き割りのようにも見える。
館の記録では、これは舞台の袖である。
三人は、体を伸ばしているところだという。
見る人には、気づいていない。
館は、そう説明している。
そして、こうも書く。
この紙は、六枚をつないで作られている。
継ぎ目が、うっすら見えるという。
形の違う紙を、貼り合わせている。
描きながら、画面を広げたのだろう。
館の記録では、この画家は踊りを千点以上描いた。
絵も、版画も、パステルも、彫刻もある。
そして、舞台の華やかな場面より、袖の時間を選んだ。
館は、そう説明している。
パステルの重ね方にも、記録がある。
粉の層を、何度も重ねている。
透ける層と、隠す層を使い分ける。
そのために、独自の方法を工夫したという。
ざらついた面と、強い色が、その結果である。
晩年の仕事に特徴的な質だと、館は書く。
屈んだ姿が、銅で残る
五点目は、ブロンズである。

小さな像である。
全体は26.1×29.2×12.8センチある。
高さより、幅のほうが大きい。
台は円く、低い。
その上に、人がいる。
体は、深く沈む。
膝を、大きく折る。
腰は、踵の上にある。
背は、まっすぐ立つ。
上着は長く、裾が広がる。
裾は、床に触れる。
腕は、後ろへ回る。
顔は、横を向く。
帽子をかぶる。
目や口は、彫り込まれない。
面は滑らかである。
細部は、省かれている。
形の塊だけが残る。
この姿勢は、片脚を投げ出す踊りだろう。
しかし、動きは止まっている。
館の記録では、この作者は近代の彫刻をこの町に持ち込んだ。
そして、律動の彫刻家と呼ばれたという。
この像は、その評判を作った作の一つである。
館の記録では、作者は遠い国から来た人である。
生まれた土地の名も、記録に残る。
若い頃、その地の美術学校で学んだ。
そして、この町に着いた年に、この像が作られた。
1925年である。
翌年には、館の収蔵品になっている。
動きを彫るというのは、難しい。
止まった塊で、動きを示さねばならない。
この像は、姿勢の一瞬を選んでいる。
いちばん低く沈んだところである。
次に跳ね上がるのは、見る人が想像する。
磁器の人形が、裾をつまむ
六点目は、磁器の人形である。

館の記録に、寸法の記載はない。
二体で一組である。
いずれも白い。
釉がかかっていない。
そのため、艶がない。
石膏のようにも見える。
一方は、少女である。
膝を折り、腰を落とす。
両手で、裾をつまむ。
裾は、左右に広がる。
顔は、正面をやや外れる。
髪は、頭の上でまとめられる。
足は、裸である。
もう一方は、少年である。
膝をつく。
腕に、袋のような楽器を抱える。
管が、肩の上へ伸びる。
顔は、下を向く。
館の記録では、これはある画家の下絵に基づく。
八人の子どもの組があったという。
裸足で、農民の身なりをしている。
館は、そこに当時の理想を読む。
田舎の暮らしを、素朴で徳のあるものと見る考えである。
館の記録では、こうした人形には別の役もあった。
以前は、砂糖で作った飾りが卓に並べられていた。
それを、壊れない磁器に置き換えたのである。
食卓の上に、小さな像が並ぶ。
食器の飾りと同じ扱いである。
釉をかけないのは、彫刻に見せるためだろう。
光らないほうが、石の像に近い。
細かい襞も、艶がないほうが見える。
踊り子と楽人が一対になっているのも、卓の上の配置のためである。
二つ並べて、初めて場面になる。
座敷で、猿が舞う
七点目は、版画である。

正方形に近い画面である。
画面は21.9×21センチある。
画面の右に、格子と障子がある。
上には、松の枝が見える。
床は、板と畳である。
画面の中央に、男が座る。
男は、白い衣を着る。
縞の袴をはく。
膝の前に、四角い箱がある。
箱は、木の枠でできている。
手を、その上に置く。
太鼓を打っているらしい。
左に、女が二人立つ。
衣は暗く、模様が細かい。
一人は、身を屈める。
手前にも、一人座る。
その人の前に、小さな姿がある。
小さな姿は、立って腕を上げる。
館の記録では、題は猿の舞である。
しかし、獣らしい特徴は乏しい。
装いを着けた姿として描かれる。
床には、細い棒が置かれる。
撥だろう。
画面には、三つの動きが同時にある。
打つ手と、屈む体と、上がる腕である。
動いているものが、少しずつずれている。
そのずれが、拍を感じさせる。
館の記録は、題だけを記す。
猿の舞という名の芸能である。
人が獣の役をして舞うものだろう。
記録には、それ以上の説明がない。
画面の色は、赤と黒と白である。
数の少ない色で、画面が締まる。
背景の格子が、縦横の線を作る。
動く形と、動かない線が組み合う。
三人が、袖を振って回る
八点目は、下絵である。

館の記録に、寸法の記載はない。
横長の画面である。
地は、薄い黄褐色である。
背景には、何も描かれない。
画面に、三人が並ぶ。
いずれも、衣だけが大きく見える。
左の一人は、赤い衣を着る。
模様は、緑の三角である。
頭の上に、緑の笠がある。
体は、大きくひねられる。
中央の一人は、黒い衣である。
模様は、白い市松と輪である。
腰を落とし、前へ屈む。
右の一人は、青緑の衣である。
模様は、大きな丸である。
片腕を、頭の上へ上げる。
顔は、三人とも小さい。
目と口は、細い線である。
輪郭の線は、太く速い。
館の記録では、これは版画の下絵である。
仕上がった版よりも、線が緩いという。
館は、そう説明している。
下絵という形についても書いておきたい。
これは、薄い紙に描かれている。
透かして写すための紙である。
版にするときは、この線を写し取る。
刷り上がりでは、線がもっと整う。
速い線は、そこで失われる。
下絵にだけ、手の速さが残っている。
三人の顔が小さいのも、この段階の特徴だろう。
決めるべきは、衣の形と配置である。
顔は、後から整えられる。
館の記録では、これは連作の一つである。
百の世の草、という名の組だという。
平原で、輪になって進む
九点目は、油彩である。

横長の画面である。
全体は45.2×60センチある。
絵の部分は、楕円に見える。
周りは、白い紙である。
地面は、淡い黄褐色である。
空は、薄い青と白である。
奥に、天幕が並ぶ。
天幕は円錐形で、細い。
十以上ある。
画面の中央に、人の輪がある。
人は十数人いる。
いずれも横向きで、右へ進む。
腕を、体の前で曲げる。
膝も、深く曲がる。
背は、前へ傾く。
手に、細い棒を持つ人がいる。
体には、赤や黄の彩色がある。
顔は、小さくて分からない。
手前の地面に、赤いものが散る。
輪の外にも、人が立つ。
その人たちは、動いていない。
見ている人である。
館の記録には、題と年しかない。
この画家は、同じ主題を繰り返し描いた。
若い頃の旅の記録を、後から油彩にしている。
この一点も、その一つだろう。
1861年という年は、旅からかなり後である。
描かれた輪の形を、もう一度見る。
人は、等しい間隔で並ぶ。
姿勢も、ほとんど同じである。
同じ形を繰り返すことで、群れが作られる。
一人ずつを描き分けてはいない。
踊りの絵では、この描き方がよく使われる。
壺の行列も、宿の前の輪もそうだった。
繰り返しが、律動の代わりになる。
数えてみると
九点を並べ直す。
踊っている姿があるのは、七点である。
農民の夫婦、村人の輪、壺の行列、袖の三人である。
銅の像、磁器の少女、下絵の三人も数に入る。
猿の舞と、平原の輪を加えれば、九点になる。
このうち、足が地面から離れているのは二点だけである。
跳ね上がる農民の男と、壺の中の一人である。
残る七点では、足が地に着いている。
膝を曲げるか、腰を落とすかである。
もう一つ数える。
楽器が描かれるのは、三点である。
笛と、太鼓と、袋の楽器である。
音の出どころが見えない絵が、六点ある。
見ている人が描かれるのは、二点である。
平原の輪の外と、座敷の女たちである。
さらに数える。
九点のうち、屋外が四点、屋内が二点である。
残る三点は、場所が示されない。
背景が白いままの絵が、三点ある。
技法でも数える。
油彩が二点、紙の絵が三点である。
陶が一点、磁器が一点、ブロンズが一点、版画が一点である。
年でも並べる。
紀元前が一点、十六世紀が一点である。
十七世紀が一点、十八世紀が二点である。
十九世紀が二点、二十世紀が二点である。
二千三百年余りの幅がある。
それでも、沈む姿勢は繰り返される。
人数でも分かれる。
二人が一点、三人が二点である。
五、六人が一点、十数人が三点である。
一人だけが二点である。
一人の二点は、いずれも彫刻と人形である。
身振りについては、エドモンズと身振りでも触れた。
言えることと、言えないこと
言えるのは、踊りの絵が足を地に着けるということである。
九点のうち、宙に浮いた足は二点しかなかった。
多くは、膝を曲げて沈んでいる。
沈む姿勢は、止まって見える。
止まって見えるほうが、形が定まるからだろう。
跳んだ瞬間は、輪郭が決まらない。
絵は、決まる姿勢を選んでいる。
言えないのは、踊りの絵が動きの絵だという話である。
九点のうち、いちばん動いて見えるのは版画の一枚だった。
そこでは、腕が画面の外へ突き出ていた。
はみ出す形が、動きを示している。
銅の像では、逆に動きが止められる。
同じ主題が、材料によって別のものになる。
律動の彫刻家と呼ばれた人でも、そうである。
踊り子については、画面のなかの音楽で扱った。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
デューラーの二人のうち、女は地を踏んでいた。
男だけが、脚を跳ね上げている。
同じ紙の上で、二つの姿勢が並ぶ。
九点を数え終えて残るのは、その並びである。
踊りの絵は、動く人と、留まる人でできている。
留まる人がいなければ、動きは測れない。
壺の中でも、笛を持つ人は静かだった。
平原の輪の外にも、立ち止まる人がいた。
座敷では、太鼓を打つ人が座っていた。
動かない誰かが、必ず画面にいる。
九点は、その組み合わせを並べたものである。
動く人だけを描いた絵は、少ない。
止まっている誰かが、拍を数えている。
見る人も、その側に立つことになる。
踊りの絵を見るとは、動かない側から見ることである。
笛を持つ人の位置に、見る人が置かれる。
九点は、その席を用意していた。
沈んだ膝と、止まった腕が、そこから見える。
跳ぶ瞬間だけが、いつも省かれている。
省かれた瞬間は、見る人が埋める。
沈んだ膝の先に、次の動きを想像する。
九点は、その想像に場所を空けていた。
空いた場所が、踊りの絵の余白である。


