美術史・技法

絵は、容器で変わる——尾形光琳の屏風と扇

形式の一覧を、先に並べておく

日本の絵の形式を、代表的なものだけ挙げておきたい。

掛軸は、巻いて仕舞える縦長の形式である。床の間に掛ける。

屏風は、折れる家具である。床に立てて部屋を仕切る。

襖絵と障子絵は、建具そのものに描く。動かせない絵である。

扇は手に持って使う。色紙と短冊は、貼るために描く小片である。

絵巻は横に長く、巻きながら順に見る。

このうち、掛軸・扇・色紙・絵巻は仕舞える形式である。

襖絵だけが、建物と一体になっている。

つまり日本の絵の多くは、常設ではなかったことになる。

扇が、掛軸になる

まず、扇である。

藤
尾形光琳《藤》17〜18世紀。折扇を掛軸に仕立てたもの。紙に金、墨と色。縦17.2センチ、横52.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。尾形光琳《》メトロポリタン美術館蔵

画面の形に注目してほしい。

上辺が弧を描き、下辺も弧を描いて、左右が下に集まる。

扇の形である。

金地に藤の花が描かれている。細い蔓が右から垂れ、青紫の房が下がる。

葉は緑で、輪郭が墨で引かれている。

この扇形の紙が、上下に布を継いで掛軸に仕立てられている。

布には金糸の模様が織り込まれている。

つまり、もともとは扇だったものを、壁に掛ける形へ作り直している。

なぜ改装するのか

理由は単純である。扇は使う道具だからだ。

竹の骨に紙を貼り、手で持ち、風を送る。

使えば折れ、汚れ、破れる。

だから、絵として価値のある扇は、骨から外して保存された。

外した紙を台紙に貼り、上下に布を付けて軸にする。

そうすれば、巻いて仕舞えるし、掛けて眺められる。

用途を捨てて、鑑賞の形に移し替える作業である。

扇の絵には制約がある。

上辺が広く、下辺が狭い。中心に向かって面が狭まる。

だから主題は上の方に置き、下は空けることが多い。

この一点でも、藤の房は上半分に集まっている。

さらに、扇には折り目が付く。使えば紙が波打つ。

折り目の位置に大事な描写を置かない配慮も要る。

扇形の画面は、見た目より制約が多い。

それでも扇の絵は数多く作られた。

季節の贈り物として使われ、名のある画家に描かせる需要があった。

夏の挨拶に絵の付いた扇を贈る。実用と趣味を兼ねた品である。

贈り物としての絵の話は、いずれ別の回で扱いたい。

桔梗
尾形光琳《桔梗》17〜18世紀。折扇を掛軸に改装したもの。紙に墨と色。画面は縦38.7センチ、横56.8センチ。軸装を含めて縦129.9センチ、横70.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。尾形光琳《桔梗》メトロポリタン美術館蔵

こちらも扇である。地は白く、金は使われていない。

桔梗の花が三本。青紫の五弁の花と、白い蕾が描かれている。

葉は淡い緑で、茎は細い墨線である。

余白が広い。扇の下半分はほとんど白い。

寸法の書き方に注目してほしい。

画面は38.7×56.8センチ。軸装を含めると129.9×70.5センチになる。

つまり作品の高さの三分の二は、絵ではなく布である。

掛軸は、絵と布と軸をあわせて一つの品として成立する。

額縁と役目は似ているが、額は交換されても寸法欄には載らない。

日本の記録では、装いまで作品の寸法に入る。

この違いは、形式の考え方の違いを表している。

布の選び方にも決まりがある。

絵の格や主題に合わせて、色と文様を選ぶ。

格の高い絹地を使えば、絵の扱いも重くなる。

装いは、その作品をどう位置づけるかの表明でもある。

同じ絵でも、豪華な装いにすれば床の間に、簡素な装いにすれば茶室に合う。

装を替えることは、使う場所を替えることでもあった。

下絵が、屏風になる

改装は、扇だけの話ではない。

松竹鶴図
尾形光琳《松竹鶴図》18世紀前半。下絵を屏風に改装したもの。紙に墨と色。右隻(四曲)は縦167センチ、横257.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。尾形光琳《松竹鶴図》メトロポリタン美術館蔵

松の大木が画面を横切っている。幹は太く、枝が水平に伸びる。

その下に鶴が二羽。一羽は首を伸ばし、一羽は嘴を下げている。

岩と草花が点在し、地面は淡い緑で示されている。

背景は白い紙のままである。金箔は無い。

所蔵館の記録に、重要な一文がある。

これは下絵を屏風に改装したものだという。

つまり本来は、完成作を作るための試し描きだった。

さらに、右隻が四曲、左隻が六曲と、折り数が揃っていない。

一双の屏風は通常、同じ折り数で作る。

不揃いなのは、後から仕立てたためだろう。

下絵は、本来なら工房に残るか、捨てられるものである。

それが屏風になり、いま美術館の収蔵品になっている。

素描が、別の絵の上に貼られる

もっと不思議な例もある。

萩を描いた掛軸に貼られた三頭の鹿の下絵
尾形光琳《萩を描いた掛軸に貼られた三頭の鹿の下絵》素描は18世紀前半、絵は19世紀前半。掛軸。紙に墨、色、金。素描は縦28.9センチ、横38.1センチ。絵は縦78.7センチ、横46.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。尾形光琳《萩を描いた掛軸に貼られた三頭の鹿の下絵》メトロポリタン美術館蔵

一本の掛軸である。

外側には萩が描かれている。細い枝が上から垂れ、小さな葉が連なる。

墨の濃淡だけで、花は淡い紅で点じられている。

そして中央に、四角い紙が貼られている。

その紙には鹿が三頭。墨の線だけで描かれた素描である。

一頭は立ち、一頭は首を下げ、一頭は後ろを向いている。

輪郭は速い線で、陰も色も無い。

所蔵館の記録によれば、素描は18世紀前半、周囲の絵は19世紀前半のものである。

百年ほど隔てた二つの絵が、一本の軸の上で重なっている。

古い画家の素描を、後の時代の人が大切に扱った結果である。

素描の周囲に絵を描き足し、軸に仕立てて残した。

作品というより、記念の作りに近い。

こういう仕立ては、鑑定の面では厄介である。

貼られた素描と、周囲の絵の作者が違う。

さらに、貼った人がまた別にいる。

一本の軸に三人の手が関わっていることになる。

所蔵館が制作年を二つ併記しているのは、この事情を正確に書くためである。

一つの作品に一つの年を割り振れない例は、日本の絵に少なくない。