絵は、容器で変わる——尾形光琳の屏風と扇
形式の一覧を、先に並べておく
日本の絵の形式を、代表的なものだけ挙げておきたい。
掛軸は、巻いて仕舞える縦長の形式である。床の間に掛ける。
屏風は、折れる家具である。床に立てて部屋を仕切る。
襖絵と障子絵は、建具そのものに描く。動かせない絵である。
扇は手に持って使う。色紙と短冊は、貼るために描く小片である。
絵巻は横に長く、巻きながら順に見る。
このうち、掛軸・扇・色紙・絵巻は仕舞える形式である。
襖絵だけが、建物と一体になっている。
つまり日本の絵の多くは、常設ではなかったことになる。
扇が、掛軸になる
まず、扇である。

画面の形に注目してほしい。
上辺が弧を描き、下辺も弧を描いて、左右が下に集まる。
扇の形である。
金地に藤の花が描かれている。細い蔓が右から垂れ、青紫の房が下がる。
葉は緑で、輪郭が墨で引かれている。
この扇形の紙が、上下に布を継いで掛軸に仕立てられている。
布には金糸の模様が織り込まれている。
つまり、もともとは扇だったものを、壁に掛ける形へ作り直している。
なぜ改装するのか
理由は単純である。扇は使う道具だからだ。
竹の骨に紙を貼り、手で持ち、風を送る。
使えば折れ、汚れ、破れる。
だから、絵として価値のある扇は、骨から外して保存された。
外した紙を台紙に貼り、上下に布を付けて軸にする。
そうすれば、巻いて仕舞えるし、掛けて眺められる。
用途を捨てて、鑑賞の形に移し替える作業である。
扇の絵には制約がある。
上辺が広く、下辺が狭い。中心に向かって面が狭まる。
だから主題は上の方に置き、下は空けることが多い。
この一点でも、藤の房は上半分に集まっている。
さらに、扇には折り目が付く。使えば紙が波打つ。
折り目の位置に大事な描写を置かない配慮も要る。
扇形の画面は、見た目より制約が多い。
それでも扇の絵は数多く作られた。
季節の贈り物として使われ、名のある画家に描かせる需要があった。
夏の挨拶に絵の付いた扇を贈る。実用と趣味を兼ねた品である。
贈り物としての絵の話は、いずれ別の回で扱いたい。

こちらも扇である。地は白く、金は使われていない。
桔梗の花が三本。青紫の五弁の花と、白い蕾が描かれている。
葉は淡い緑で、茎は細い墨線である。
余白が広い。扇の下半分はほとんど白い。
寸法の書き方に注目してほしい。
画面は38.7×56.8センチ。軸装を含めると129.9×70.5センチになる。
つまり作品の高さの三分の二は、絵ではなく布である。
掛軸は、絵と布と軸をあわせて一つの品として成立する。
額縁と役目は似ているが、額は交換されても寸法欄には載らない。
日本の記録では、装いまで作品の寸法に入る。
この違いは、形式の考え方の違いを表している。
布の選び方にも決まりがある。
絵の格や主題に合わせて、色と文様を選ぶ。
格の高い絹地を使えば、絵の扱いも重くなる。
装いは、その作品をどう位置づけるかの表明でもある。
同じ絵でも、豪華な装いにすれば床の間に、簡素な装いにすれば茶室に合う。
装を替えることは、使う場所を替えることでもあった。
下絵が、屏風になる
改装は、扇だけの話ではない。

松の大木が画面を横切っている。幹は太く、枝が水平に伸びる。
その下に鶴が二羽。一羽は首を伸ばし、一羽は嘴を下げている。
岩と草花が点在し、地面は淡い緑で示されている。
背景は白い紙のままである。金箔は無い。
所蔵館の記録に、重要な一文がある。
これは下絵を屏風に改装したものだという。
つまり本来は、完成作を作るための試し描きだった。
さらに、右隻が四曲、左隻が六曲と、折り数が揃っていない。
一双の屏風は通常、同じ折り数で作る。
不揃いなのは、後から仕立てたためだろう。
下絵は、本来なら工房に残るか、捨てられるものである。
それが屏風になり、いま美術館の収蔵品になっている。
素描が、別の絵の上に貼られる
もっと不思議な例もある。

一本の掛軸である。
外側には萩が描かれている。細い枝が上から垂れ、小さな葉が連なる。
墨の濃淡だけで、花は淡い紅で点じられている。
そして中央に、四角い紙が貼られている。
その紙には鹿が三頭。墨の線だけで描かれた素描である。
一頭は立ち、一頭は首を下げ、一頭は後ろを向いている。
輪郭は速い線で、陰も色も無い。
所蔵館の記録によれば、素描は18世紀前半、周囲の絵は19世紀前半のものである。
百年ほど隔てた二つの絵が、一本の軸の上で重なっている。
古い画家の素描を、後の時代の人が大切に扱った結果である。
素描の周囲に絵を描き足し、軸に仕立てて残した。
作品というより、記念の作りに近い。
こういう仕立ては、鑑定の面では厄介である。
貼られた素描と、周囲の絵の作者が違う。
さらに、貼った人がまた別にいる。
一本の軸に三人の手が関わっていることになる。
所蔵館が制作年を二つ併記しているのは、この事情を正確に書くためである。
一つの作品に一つの年を割り振れない例は、日本の絵に少なくない。