美術史・技法

絵は、容器で変わる——尾形光琳の屏風と扇

装われていない絵もある

改装の話を続けたが、まだ装われていない例も見ておきたい。

歌仙
狩野松雲《歌仙》17世紀。未装の色紙。絹に墨と色。縦18.4センチ、横16.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。狩野昌運《歌仙》メトロポリタン美術館蔵

小さな正方形の絹である。縦18.4センチ、横16.5センチ。

色紙と呼ばれる形式で、和歌を書いたり絵を描いたりする。

描かれているのは、装束をまとって座る人物である。

黒い小さな冠をかぶり、袖の広い衣を着ている。

顔は横を向き、目を細めている。歌人の姿である。

地は淡い金茶。下辺に傷みがあり、絹の織り目が見える。

この一点は、まだ台紙にも軸にも収まっていない。

所蔵館の記録も「未装」と書いている。

つまり、いつでも軸にも屏風にも貼れる状態である。

日本の絵の多くは、この段階を経てから形式が決まる。

色紙という形式にも触れておきたい。

もともとは和歌を書くための小さな紙である。

歌を書き、絵を添え、屏風や襖に貼って使うこともあった。

三十六人の歌人を色紙に描き、屏風に貼り並べる作りが知られている。

当サイトには、この画家による歌人の色紙が十点以上ある。

一枚ずつ見れば小さな絵だが、もとは組物だった可能性が高い。

組物が散らばって、一枚ずつ収蔵される。版画と同じ経路である。

紙や絹に描いた時点では、形はまだ決まっていない。

西洋の美術館に入ると、装が変わる

月下の兎、牡丹、立葵
尾形光琳《月下の兎、牡丹、立葵》19世紀。三幅を組にした絵。紙に墨と色。縦100.2センチ、横36センチ。メトロポリタン美術館蔵。公開されている画像は古い白黒写真である。尾形光琳《月下の兎、牡丹、立葵》メトロポリタン美術館蔵

こちらは白黒の記録写真である。

縦長の画面に、白い花が二輪。茎は細く、葉は黒く塗られている。

写真の周囲には、台紙の縁と番号札が写っている。

所蔵館の記録は、この作品を「三幅を台紙に収めた組」と書いている。

つまり現在は、掛軸ではなくマットに収まっている。

西洋の美術館では、紙の作品を台紙に挟んで保管するのが標準である。

日本から渡った絵が、その方式に合わせて装い直されることがある。

軸を外して平らにすれば、収蔵庫の棚に収まりやすい。

保存の都合が、形式を書き換えている。

画像の状態にも触れておきたい。

この一点は白黒写真しか公開されていない。

色が分からないため、墨と色の関係が読めない。

公開画像の質が鑑賞を左右する話は別のコラムで扱った。

古い記録写真が残っているだけでも、形式の情報は読める。

台紙の縁、番号札、掛け方。写真は保管の状態を伝えている。

誰が改装したのか

改装した人についても考えておきたい。

多くの場合、記録は残っていない。

所蔵館の記録も「掛軸に改装」とあるだけで、時期と担い手は書かれない。

推測できるのは、絵を買った人か、その家に仕えた表具師である。

表具は専門の職で、紙と布と糊を扱う技術が要る。

絵師とは別の職人が、作品の最終の形を決めていたことになる。

版画では彫師と摺師が線と色を決めた。肉筆では表具師が形を決める。

日本の絵は、複数の職種の判断が重なって完成する。

作者の名だけで語ると、この層が見えなくなる。

形は容器であり、容器は交換される

まとめておきたい。

屏風、掛軸、扇、色紙、台紙。これらはすべて容器である。

中身の絵は同じでも、容器が変わると置き場所と見方が変わる。

そして容器は、驚くほど頻繁に交換されてきた。

扇は軸になり、下絵は屏風になり、素描は別の絵に貼られ、
掛軸は台紙に収まる。

だから「本来の形」を特定するのが難しい。

いま見ている姿は、多くの場合、後の時代の判断の結果である。

この点は、西洋の絵にも通じる。

祭壇画は分割され、額は取り替えられ、板は薄く削られてきた。

断片が一枚の絵として額装される例は珍しくない。

額が断片を作品に見せる話は別のコラムでも扱った。

洋の東西を問わず、私たちが見ているのは「いまの形」である。

収納できるという条件

日本の形式には、共通する性格がある。

仕舞えることだ。

掛軸は巻ける。屏風は畳める。扇は閉じる。色紙は箱に入る。

いずれも、常に出しておく前提で作られていない。

季節や客に応じて出し、終われば片付ける。

壁に打ち付ける額とは、根本的に考え方が違う。

この違いは、家の作りとも関わっている。

土壁と襖の部屋では、重い額を吊る場所が限られる。

一方、床の間という「掛けるための場所」が用意されている。

そこに合う形式として、掛軸が定着したと考えられる。

額の選び方については別のコラムで扱った。

光と、傷みのこと

仕舞える形式には、保存の利点もある。

紙と絹は、光に当たり続けると褪せる。

巻いて箱に入れておけば、光は当たらない。

だから日本の絵は、数百年たっても色が残っていることがある。

一方で、巻くことによる傷みもある。

折り目が擦れ、絹が裂け、糊が剥がれる。

だから何十年かごとに装を作り直す。

装い直しは、保存のための必要な作業でもあった。

改装が多いのは、無頓着だったからではない。

むしろ逆で、残すための積極的な手立てだった。

扇のまま置けば失われる。下絵のまま置けば捨てられる。

形を与えることが、保存の方法だったのである。

そう考えると、改装の跡は価値の記録として読める。

誰かがその絵を残そうと決めた回数が、装の層になっている。

暮らしへ——季節で掛け替えてみる

最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。

家に飾るものを、季節ごとに掛け替えてみてほしい。

夏は波や水の絵、秋は草花、冬は雪。

同じ壁でも、掛け替えると部屋の印象が変わる。

そして、しばらく仕舞ってから出すと、絵が新しく見える。

これが日本の形式が前提にしていた見方である。

常設ではなく、出し入れする。

飾らない時期があることを、贅沢だと考えてみてほしい。

小さな作品を置いて楽しむ方法はこちらのコラムにまとめた。

もう一つ。仕舞う場所を決めておくと、掛け替えが習慣になる。

平らな箱を一つ用意し、そこに収める。それだけで管理ができる。

形式の話は、結局のところ収納の話でもある。

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