工房が受け継ぐもの——勝川春章と勝川派
師の描き方——顔を描き分け、体を重ねる
まず師の作品をもう一枚見たい。

先の一枚より幅が広い。二人が入っている。
上に立つのは女方である。紅と金の重ね着で、両手を左右に開いている。
その下に、男の役の役者が身を低く構えている。
眉を寄せ、口を大きく開き、右手に刀を握っている。
顔の描き方が、上下でまったく違う。
上の顔は輪郭が丸く、線が細い。下の顔は太い線で、眉と口が誇張されている。
同じ絵師が、役柄に応じて顔の作り方を変えている。
背景には楓の枝が上と左から差し込み、赤い葉が散る。
右に太い幹。地面は薄い緑で、輪郭線だけで示されている。
二人の体は重なっている。上の人物の裾が、下の人物の背に掛かる。
重ねることで、狭い画面に二人を収めている。
もう一つ、劇の場面としての読み方も可能である。
刀を構えた男が下から迫り、女方が両手を広げて立つ。
争いの直前か、あるいは止めようとしているのか。
版画は場面の一瞬を切り取るため、前後が分からない。
芝居を見た人には筋が通じ、見ていない人には姿だけが残る。
宣伝物としては、それで足りていたのだろう。
役柄の名を文字で入れる版画が多いのは、この不足を補うためでもある。
背景の使い方にも注目したい。
楓の枝は、季節を示す記号である。秋の演目だと分かる。
雪、桜、菊、紅葉。背景の植物が上演の時期を伝える。
芝居は季節ごとに演目が変わったため、この記号が有効だった。
版画の背景は風景ではなく、日付に近い働きをしている。
だから背景を読めば、いつの興行かの手がかりになる。
役者の名、演目の名、季節の草木。三つが揃えば年代を絞れる。
美術館の記録が制作年を「1778年ごろ」と書けるのは、この積み上げによる。
版画の年代推定は、絵の様式より文字と記号に頼る部分が大きい。
用途で、形が変わる
同じ役者の、別の形の版画も残っている。

紙は長方形だが、絵は扇の形に収まっている。
上辺が弧を描き、左右が下へ集まる。団扇の形である。
中に半身の人物が描かれている。櫛を並べた髪、白い顔、大きな襟。
左下には長い文がびっしり印刷されている。
そして重要なのは、この紙が切り抜かれていないことである。
団扇絵は、竹の骨に貼って使う実用品だった。
貼ってしまえば、絵は数か月で傷む。夏の消耗品である。
切り抜かれずに残ったこの一枚は、使われなかったから残った。
売り物の版画には、こうした用途別の形がいくつもあった。
文の内容にも触れておきたい。
判読は避けるが、行数と配置から、宣伝文か口上の類と考えられる。
団扇は人の手にあり、動く。だから遠くからでも分かる大きな顔が置かれている。
半身に切り取った構図は、この用途に合っている。
用途が構図を決める例として、覚えておきたい一枚である。
判型と用途の関係は別のコラムで扱っている。
弟子の描き方——舞台の外を描く
次に、弟子の作品である。

場面が変わっていることに気づいてほしい。
舞台ではない。楽屋である。
役者は鏡の前に座り、右手に道具を持って顔を作っている。
鏡台の上に紅皿と刷毛が並ぶ。手前には紋の付いた化粧箱。
背後に立つ人物が、衣装を腕に掛けて待っている。
左上に名前の札。「瀬川菊之丞」と読める。右下に「春好画」の署名。
師の春章は、舞台の姿を描いた。弟子の春好は、その支度を描いた。
主題の選び方が変わっている。
顔の作りも少し違う。頬がより丸く、目尻が下がって描かれている。
見比べると、同じ役者でありながら印象が変わる。ここは私たちの見立てである。
楽屋の絵が売れた理由も考えてみたい。
見る側は、舞台を見たあとにその裏側を知りたくなる。
化粧の道具、鏡の位置、衣装を持って控える人。
現在の舞台裏の写真と、需要の形は同じである。
版画は、興行の周辺にある関心を商品にしていた。
役者の日常を売る商売は、この時代から成立していたことになる。
何が同じで、何が違うのか
三人に共通しているものを挙げてみる。
細長い縦の判型。全身を一人だけ入れる構図。裾を大きく広げる形。
そして、顔で個人を示すという原則である。
一方で、違うものもある。
主題の場面、顔の作りの癖、そして色の組み方である。
つまり工房が受け継いだのは、様式の骨格と原則だった。
細部の癖と主題の選択は、弟子ごとに分かれている。
もう一つ、署名の位置も一致している。
三人とも、画面の下の隅に縦書きで名を入れている。
大きさも控えめで、絵の邪魔をしない。
署名の作法まで揃っているのは、工房の決めごとだったのだろう。
版元の意向も入っていたと考えられる。ここは推測である。