暮らしと名画

歌は、開いた口で示される——ドガ・ドーミエ・暁斎ほか九点

歌を描いた九点を数えると、口が開いていたのは四点だけだった。音は描けないので、開いた口と動く手が代わりになる。ある館の記録は、口が開いて歯と舌が見えれば歌だと書いている。滝の一点では、歌うのは水である。

カフェの歌手
エドガー・ドガ《カフェの歌手》シカゴ美術館蔵

口が開き、腕が上がる

縦長の油彩である。

カフェの歌手
エドガー・ドガ《カフェの歌手》1879年。館の記録では、油彩・カンヴァス。53.5×41.8センチ。番号は1955.738。シカゴ美術館蔵。エドガー・ドガ《カフェの歌手》シカゴ美術館蔵

53.5×41.8センチある。

画面は、暗い緑と褐色でできる。

背景に、木の葉らしい塊がある。

右のほうに、細い柱が立つ。

上には、明るい灰色の面がある。

夜の屋外の照明らしい。

画面の中央に、女がいる。

女は胸から上が見える。

顔は、やや上を向く。

口は大きく開く。

口の中は、赤く塗られる。

歯が、白く見える。

目は細められる。

眉は上がる。

頬には、赤みがある。

髪は暗く、頭に沿う。

衣は黒い。

胸元に、赤い形がある。

花か、飾りだろう。

左腕が、高く上がる。

腕は、黒い長手袋に覆われる。

手袋は、肘の上まである。

手は開き、指が伸びる。

その腕が、画面の左上を占める。

体の輪郭は、はっきりしない。

筆は速く、絵具が厚い。

顔と腕だけが、明るい。

歌っている最中の姿である。

館の記録では、これはカフェの歌手である。

屋外の店で歌う人たちがいた。

客は飲みながら、それを聞く。

舞台は簡素で、背景は庭の木である。

この絵の暗い緑も、その木だろう。

照明は、下から当たっている。

顎の下と、鼻の下が明るい。

影は、上へ向かって落ちる。

舞台の灯りは、床に置かれていた。

下からの光は、顔を平たく見せる。

目のくぼみが、暗くなる。

表情が強く見えるのは、そのためでもある。

腕の黒は、背景よりさらに濃い。

形だけが、影絵のように残る。

歌は、九つの場所に現れる

このコラムでは、歌の絵を九点並べる。

九点は、館も年代も技法も違う。

油彩があり、素描があり、細密画があり、写本がある。

画帖の一葉もある。

共通するのは、館の記録に歌の語があることだけである。

数えるのは、口が開いているかどうかである。

譜面台を、六人が囲む

二点目も、油彩である。

歌の集い
フィリップ・マーシエに帰属《歌の集い》1732年から60年ごろ。館の記録では、油彩・カンヴァス。全体は73.1×92.1センチ。番号は1952.4.2。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。歌の集い》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。

全体は73.1×92.1センチある。

背景は、暗い褐色である。

部屋の様子は分からない。

画面の下に、木の譜面台がある。

台は斜めに置かれる。

その上に、大きな紙が広げられる。

紙には、線と音符が見える。

台を囲んで、人が並ぶ。

六人から七人はいる。

いずれも男である。

白い鬘をかぶる。

服は黒か褐色である。

左の一人は、紙を手に持つ。

口は、わずかに開く。

その隣の一人は、横を向く。

口は大きく開く。

奥の一人は、顔を上げる。

口は丸く開く。

右の一人は、目を閉じる。

口は開いたままである。

手前の一人は、譜面を覗き込む。

右奥に、弦楽器の棹が見える。

誰かが弾いているらしい。

顔は、どれも近い。

肩が、互いに触れている。

九点のうち、開いた口がいちばん多い一点である。

館の記録では、この絵は帰属である。

作者は確定していない。

題は、歌の集いという。

何を歌っているかは、分からない。

譜面の音符も、読み取れるほど細かくはない。

人数の多さだけが、はっきりしている。

一つの譜面を、六人以上で覗き込む。

顔の位置は、みな同じ高さにある。

重なり合って、奥行きが詰まる。

狭い場所に、声が集まる形である。

背景を描かないのは、そのためだろう。

部屋の広さが分からなければ、声の大きさも分からない。

残るのは、顔と口だけである。

弦を掻き鳴らして、歌う

三点目は、素描である。

歌うギター弾き(表)
オノレ・ドーミエ《歌うギター弾き(表)》1855年から60年。館の記録では、ペンと黒インク、木炭の上に。紙は33.9×21.5センチ。番号は1991.59.a。クリーヴランド美術館蔵。オノレ・ドーミエ《歌うギター弾き(表)》クリーヴランド美術館蔵

縦長の紙である。

紙は33.9×21.5センチある。

紙は白い。

線は黒く、細い。

線は何本も重なる。

輪郭は、一本では決まらない。

画面の中央に、男が立つ。

体は正面を向く。

顔は、こちらを向く。

口は開く。

口の中は、黒く塗られる。

目も、黒い点である。

頭は禿げ上がる。

胸の前に、楽器がある。

丸い胴と、細い棹がある。

ギターである。

右手が、胴の上にある。

指が、弦の上で動く。

左手は、棹を握る。

体は、やや後ろへ反る。

脚は、開いて立つ。

足元の線は、震えている。

館の記録では、六弦の楽器はこの百年ほど前に現れた。

そして、街の音楽で中心になったという。

館は、街の歌い手への関心を指摘する。

祭の芸人も、その関心の対象だった。

この画家は、そうした人たちを繰り返し描いた。

館の記録では、線の重なりが人を生かすという。

細い線が、乱れながら絡み合う。

そのために、声と楽器が震えて見える。

館は、そう書いている。

実際、輪郭は一本ではない。

腕の線も、二本三本と重なる。

どれが本当の輪郭かは、決められない。

決められないぶん、動いて見える。

止まった線では、音が出ない。

素描の速さが、そのまま音の速さになる。

唇を少し開いて、弦を弾く

四点目は、細密画である。