眠る人は、画面の中心にいる——トラヴェルシ・ホズマー・李公麟ほか九点
眠りを描いた九点を数えると、六点で眠る人が画面の中央に置かれていた。動かないものが構図を決めている。三点では誰かがその寝顔を見ており、二点では顔へ手が伸びていた。眠りは、しばしば何かの手前に置かれている。

眠る娘の顔に、手が伸びる
横長の油彩である。

86.7×107.6センチある。
背景は、暗い褐色である。
壁も、家具も見えない。
画面の中央より右に、娘がいる。
娘は椅子に座る。
体は、右へ倒れかかる。
首は、後ろへ反る。
顎が上がる。
目は閉じている。
口は、わずかに開く。
眠っている。
髪は緩く結われる。
衣は青と黄である。
胸元には、白い布がある。
左腕は、机の上に投げ出される。
手の下に、緑の本がある。
本は閉じている。
読みながら眠ったらしい。
娘の後ろに、三人がいる。
左の男は、こちらを見る。
顔は笑っている。
手には、細い棒がある。
奥の女は、口に指を当てる。
静かにという合図である。
右の老人は、身を乗り出す。
手を、娘の顔へ伸ばす。
指先は、鼻のあたりにある。
触れる直前である。
四人のうち、眠っているのは一人だけである。
光の当たり方を見る。
いちばん明るいのは、娘の顔と胸元である。
次に明るいのは、伸びてくる手である。
三人の顔は、半ば影に沈む。
光は、眠る人と、触れようとする手に集まる。
三人の位置も見ておきたい。
一人は左、一人は奥、一人は右である。
娘を、三方から囲んでいる。
逃げ道のない配置である。
娘の腕は、机の上へ落ちている。
力が抜けているのが分かる。
本を握っていた手が、開いたままである。
眠りは、手の形にも出る。
眠ることは、九つの場所に現れる
このコラムでは、眠る絵を九点並べる。
九点は、館も年代も技法も違う。
油彩があり、大理石があり、素描があり、版画がある。
掛幅があり、細密画もある。
共通するのは、館の記録に眠りの語があることだけである。
数えるのは、眠る人と、その周りにいる人である。
眠る者の衣が、切株に結ばれる
二点目は、大理石の像である。

高さは127センチある。
石は白い。
台は円く、低い。
台の上に、切株がある。
切株に、若者がもたれる。
体は右へ傾く。
右腕は、頭の後ろへ回る。
肘が高く上がる。
顔は、その腕に載る。
目は閉じている。
口は結ばれる。
髪は巻き毛である。
耳は尖っている。
脚は投げ出される。
片膝が、少し曲がる。
足の指まで彫られる。
腰には、獣の皮が巻かれる。
皮の縁は、粗く残される。
その皮の端を、別の者が掴む。
小さな姿が、切株の陰にいる。
脚は獣の形である。
その者は、皮の端を切株に結ぼうとする。
館の記録では、これは悪戯である。
眠っている者は、気づいていない。
起きれば、動けないことになる。
館は、この作者の諧謔だと書く。
館の記録では、この作者はある国で働いた。
多くの同国人が、その地に集まっていた。
その中で、最もよく知られた女性の彫刻家である。
館は、そう説明している。
様式についても、記録がある。
古い時代の彫刻に倣った作り方だという。
たしかに、体の面は滑らかである。
筋肉の起伏は、抑えられている。
髪と皮の毛だけが、粗く彫られる。
滑らかな面と、粗い面が並ぶ。
台の側面には、文字が彫られる。
作者の名と、作った町の名である。
題も、そこに彫られている。
食後の椅子で、眠っている
三点目は、小さな素描である。

紙は16×13.2センチある。
葉書ほどの大きさである。
紙は白い。
背景には、何も描かれない。
画面の中央に、若い男の頭がある。
顔は横向きである。
目は閉じている。
睫毛の線が、細く引かれる。
鼻筋には、淡い墨が入る。
眉にも、影が置かれる。
唇と頬に、薄い赤がある。
髪は短く、渦を巻く。
首には、白い布が巻かれる。
上着の襟が立つ。
肩から下は、線だけである。
椅子の背も、線で示される。
体は、後ろへもたれる。
顎が、わずかに上がる。
下の余白に、文字がある。
館の記録では、日付と名が書かれる。
そして、こう添えられている。
食事の後には、こう見える、と。
これは友人を描いた一枚である。
館の記録では、描かれた人も画家である。
二人は、同じ集まりに属していた。
その集まりは、古い時代の絵を範とした。
自然の中の聖なるものを尊んだという。
館は、そこまで書いている。
この一枚は、その仲間内の絵である。
注文でも、展示のためでもない。
食後の眠りを、その場で写した。
紙が小さいのは、そのためだろう。
手帳ほどの紙なら、すぐ取り出せる。
館の記録では、裏にも書き込みがある。
ある人の切り抜き帖から出た、とある。
貼られて保存されていたらしい。
若者が、書物の上で眠る
四点目は、写本の一葉である。